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オペラから視点を外して... ロッシーニの人生を辿る。 [before 2005]

2018年は、ロッシーニ・イヤー!ということで、今年は、このベルカント・オペラの巨匠に注目することから始めようと思うのだけれど... 前回の序曲に続いて、今回はベルカント・オペラじゃないロッシーニに迫ってみようと思う。いや、希代のオペラ作家として知られるロッシーニの作品は、当然ながらオペラが中心。しかし、人知れず、器楽曲も書いており、それらが、なかなか興味深い。でもって、侮れない!モーツァルトの再来のように持ち上げられた10代、とても習作とは思えない音楽を書いていて... オペラ作家として忙しくヨーロッパ中を巡っていた時も、各地でちょっとした音楽を書いていて... 引退後は、自らが主宰するサロンのために膨大な音楽を残しており、現役時代のオペラとはまた違う音楽世界を見せてくれる。で、そうした音楽世界を覗いてみると、"ベルカント・オペラの巨匠"というステレオ・タイプに囚われない、ロッシーニの真の姿に迫れるようで、刺激的... ということで、いつもとはちょっと違う、室内楽曲、ピアノ曲から、マニアックにロッシーニを見つめてみる。
ピリオドのチェロの名手、ロエル・ディールティエンス率いる、アンサンブル・エクスプロラシオンの演奏で、ロッシーニの室内楽作品集、"Una larme"(harmonia mundi FRANCE/HMC 901847)と、アメリカのピアニスト、フレデリック・チュウによる、ロッシーニ、晩年の曲集、『老いの過ち』から(harmonia mundi FRANCE/HMU 907102)の2タイトルを聴く。


ベルカント・オペラの大家、ロッシーニ。室内楽から見つめる、その長き人生...

HMC901847
ロッシーニの室内楽集、"Una larme(涙)"に収録されている作品は、学生時代の作品から、オペラの大家となっての作品に、アルバムのタイトルにもなった、引退後の曲集、『老いの過ち』からのチェロとピアノのための主題と変奏、「涙」まで、ロッシーニの人生のほぼ全てを網羅している。という点で、オペラよりも、よりワイドにロッシーニという作曲家を見つめることができると言えるのかもしれない(ロッシーニがオペラ作家として活動したのは、18歳から37歳まで、20年に満たない!)。で、まずは、学生時代の作品から注目してみたいのだけれど... これが驚かされる!1804年、何と12歳の時に書かれたという、6つの4声のソナタから、6番(track.2-4)と3番(track.8-10)。それは、ボローニャ音楽学校に入学する2年前というから、学生時代の作品とも言い切れないのかもしれない... が、学生以上のクウォリティを響かせてしまう!6番の1楽章(track.2)などは、モーツァルトのもうひとつの弦楽四重奏曲かと思わせるほど、見事な古典主義の音楽を響かせて、輝きを放ち、息を呑む(この天才っぷり、メンデルスゾーンを凌駕しそう... )。で、ロッシーニが如何にモーツァルトから影響を受けていたかを思い知らされる。一方、すでにロッシーニらしい感覚、ハーモニーよりも、それぞれの声部が個性を持ち(2つのヴァイオリンと、チェロ、コントラバスという声部の高低の対比も、それを際立たせるか... )、ドラマを織り成すような、後のオペラの萌芽も見出すことができる。さらに、"Tempesta(嵐)"と名付けられた終楽章(track.4)は、『セヴィーリャの理髪師』の嵐の音楽へと発展することがはっきりと聴き取れて、実に興味深い。という6番の後で、3番(track.8-10)を聴くと、さらに興味深い。明らかにモーツァルトから一歩を踏み出していて、2楽章(track.9)に表れる沈鬱さには、ロマン主義が漂い、シューベルトにも通じるのか、ロッシーニ少年、タダモノではない...
そこから、ヨーロッパ各地で大活躍だった頃の作品を聴くと、またおもしろい!1823年、パリで作曲したセレナータ(track.1)は、弦楽四重奏に、フルート、オーボエ、イングリッシュ・ホルンが加わり、それぞれの楽器が交替で、まるでオペラ歌手のように歌い、室内楽版のロッシーニのオペラといった風情... ロッシーニ好きが集まったサロンで、こういう音楽をさらりとやったら受けたのだろうなァ。そして、1824年、ロンドンで作曲されたチェロとコントラバスの二重奏曲(track.5-7)は、低音だからか、一転、骨太... てか、ちょっと変態的な低さだよなァ。それでも、終楽章(track.7)では、ロッシーニらしいメロディーをチェロが歌い、どんな位置からも、さらりと自らの世界を響かせてしまうから器用。でもって、最後は、引退後の作品、「涙」(track.11)。第一線から離れたことが、いい具合に音楽に作用して、間違いなく、それまでに無い深みを見せる。ロッシーニというと、どうしても華麗なるオペラへと関心が集中してしまうけれど、引退後にひっそりと書き綴った作品の、独特な味わいも捨て難い。いや、この引退後こそ、ロッシーニのユニークさが際立つ。何より、オペラ以外でも、おもしろい音楽を生み出していたロッシーニ!このあたりが、没後150年のメモリアルを機に掘り起こされると、いいなァ。
さて、室内楽から、ロッシーニという作曲家の全体像を見事に捉えたアンサンブル・エクスプロラシオン。"Una larme"で展開されるロッシーニ像は、実に幅広く、それでいて、みな「ロッシーニ」であって、センスを感じずにいられない。そして、ピリオド・アプローチによる切れ味の鋭さ!ディールティエンスはもちろん、演奏者、ひとりひとりがしっかりと鳴らして生まれるパワフルさ!室内楽にして、オペラに負けない雄弁さが、そのアンサンブルから放たれて、魅了されずにいられない。なればこそ輝き、またグっと深みを見せるロッシーニの音楽。いや、改めて聴くと、惹き込まれる。それでいて、新鮮!

Rossini ・ Une larme ・ Dieltiens

ロッシーニ : セレナータ 変ホ長調
ロッシーニ : 4声のソナタ 第6番 ニ長調
ロッシーニ : チェロとコントラバスのための二重奏曲 ニ長調
ロッシーニ : 4声のソナタ 第3番 ハ長調
ロッシーニ : チェロとピアノのための主題と変奏 「涙」 〔『老いの過ち』 第9巻 から〕

ロエル・ディールティエンス/アンサンブル・エクスプロラシオン

harmonia mundi FRANCE/HMC 901847




『老いの過ち』、サロンで解き放たれた、大家、ロッシーニの、新たなる境地...

HMU907102
37歳、『ギヨーム・テル』(1829)を最後に、オペラを書くことを止めてしまったロッシーニ。その後は、ロッシーニ風ステーキに代表される、食道楽へとまっしぐら!かと思いきや、そうでもなくて... 1824年以降、音楽の都、パリを活動拠点としていたロッシーニだったが、『ギヨーム・テル』の成功の翌年、1830年に勃発した七月革命や、それに伴う、最大のパトロン、フランス国王、シャルル10世(在位 : 1824-30)の亡命により、イタリアへと拠点を戻す。が、体調不良が続き、熱気を帯びるイタリア統一運動とも反りが合わず、故郷とは言えども、けして居心地の良いものではなかった。そこで、1855年、再びパリへ!サロンを開くと、評判となり、そのサロンを飾るために多くの音楽を作曲し、1857年から、その死の年、1868年までに書かれた作品を、全13巻にまとめたのが、『老いの過ち』。先に取り上げた"Una larme"の、そのタイトルとなった、チェロとピアノのための主題と変奏、「涙」も、その1曲で... 歌曲やピアノ曲、室内楽曲に、合唱曲なども含まれて、オペラとはまた違ったロッシーニの音楽世界を見せてくれる。もちろん、それらはサロン向けであって、軽い作品が中心なのだけれど、その軽さに、独特のウィットが籠められていて... 「油いため」、「ロマンティックなひき肉」なんて言う、食道楽らしい作品があったり、「痙攣した前奏曲」、「喘息のエチュード」のような、ギャグかという作品があったり、「反舞踏のワルツ」って、ダダかよっ?!「右手の四分音符による茶化したメロディーの見本」、「三全音をお願いします」、「朝の衛生的前奏曲」となると、これはもうサティの先駆け... そもそも、『老いの過ち』というタイトルが、自虐的でウケる。
そんな『老いの過ち』から、チュウが弾くのは、第6、7、8巻から、2曲ずつ、全部で6曲。最初は、「現代の見本」、現代=当世風ということで、19世紀後半の雰囲気を響かせつつ、サロンを彩るのにちょうど良いサイズ感というのか、そこそこ華麗で、そこそこヴィルトゥオージティが感じられ、そこそこドラマティックという、コンサート・ピースの押し付けがましさとは一線を画す、ある種のユルさが、絶妙な味となっており、乙。続く、「いわゆる劇的な前奏曲」(track.2)では、早速、人を食ったようなタイトルで、興味を引くのだけれど、その冒頭は、バッハを思わせる重々しさが広がり、おおっ?!となるも、すぐにアリアを思わせるキャッチーなメロディーが現れて、いわゆる劇的な感じ?続く、「覚えておきなさい、人よ」(track.3)の、その沈鬱な始まりは、ベートーヴェンのようで、やがて、リストっぽい、詩情が漂い、ロッシーニもなかなか味のある音楽を書くなと... いや、オペラハウスという、巨大にして、様々な制約を受ける空間から、隅々まで目が届き、自由が効くサロンという空間を得て、その創作は、新たな段階に踏み込んだと言えるのかもしれない。それでいて、そこに至るまでの経験と蓄積があって、老いてこそ生み出し得る味がしっかりあって、制約から解き放たれた大家の、のびのびとした音楽の不思議な瑞々しさ!「深い眠り」(track.6)の、シューベルトを思わせるメランコリックな音楽から、「突然の目覚め」(track.7)の、超絶技巧のコロラトゥーラが繰り出されるような目の覚める展開を聴くと、若返ってさえいるよう...
そんなロッシーニ、飄々と捉えて、そのおもしろさを素直に響かせるチュウのタッチが最高!サロンの軽薄さを、気立て良く音にして、晩年のロッシーニのありのままを徹底して活かす。そうして見えて来る、純粋に音楽と戯れるロッシーニの活き活きとした表情!その表情の中には、時折、印象主義やサティを予感させる新しさが浮かび、はっとさせられもし... 気負わないようで、鋭い、チュウのバランス感覚は、なかなか凄い。そこから一転、最後は、リストのアレンジによる『ギヨーム・テル』序曲(track.8)を煌びやかに、それでいて小気味良く弾き、アルバムをスキっと締める絶妙さ!鮮やか。

ROSSINI PIANO MUSIC FREDERIC CHIU

ロッシーニ : 現代の見本 〔『老いの過ち』 第8巻 館のアルバム から〕
ロッシーニ : いわゆる劇的な前奏曲 〔『老いの過ち』 第8巻 館のアルバム から〕
ロッシーニ : 覚えておきなさい、人よ 〔『老いの過ち』 第6巻 如才ないこどもたちのためのアルバム から〕
ロッシーニ : お祈りはもう十分、踊りましょう 〔『老いの過ち』 第6巻 如才ないこどもたちのためのアルバム から〕
ロッシーニ : 悪夢 〔『老いの過ち』 第7巻 わらぶきの家のアルバム から〕
ロッシーニ : 深い眠り、突然の目覚め 〔『老いの過ち』 第7巻 わらぶきの家のアルバム から〕
ロッシーニ : オペラ 『ギヨーム・テル』 序曲 〔編曲 : リスト〕

フレデリック・チュウ(ピアノ)

harmonia mundi FRANCE/HMU 907102




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