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サルスエラ、ヘネレ・チコから見つめる『ゴイェスカス』。 [before 2005]

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ドイツ語圏にオペレッタ(ヨハン・シュトラウス2世の『こうもり』など... )があり、イギリスにコミック・オペラ(サリヴァンの『ミカド』など... )があり、フランスにはオペラ・ブッフ(オッフェンバックの『天国と地獄』など... )があって、19世紀のオペラ・シーンには、グランド・オペラや楽劇のゴージャスさ、大規模なばかりでない、より幅の広い人々に向けられた、キャッチーな作品がたくさん生み出された。そうした中、スペインでは、サルスエラが復興を遂げる。イタリア・オペラに押され、一時期は完全に忘れ去られていたものの、1830年代、音楽界のイタリア人支配に反発した若手の作曲家たちによって、スペイン語によるスペイン独自のオペラであるサルスエラの復興が試みられると、人々は再びサルスエラに注目し始め、1850年代には、ロマン主義を背景に、グランド・オペラを思わせる大規模なサルスエラ・グランデが作曲され、人気を集める。さらに19世紀末が近付くと、オペレッタのようにより庶民的で、より規模の小さい1幕物のヘネロ・チコが一大ブームとなり、サルスエラはスペインの音楽シーンにおいて、大いに繁栄した。そうした繁栄が、やがて、オペラにも影響をもたらして、魅惑的な作品を生み出す。
ということで、前回のバロック・サルスエラから一気に時代を下って、20世紀、サルスエラ風のオペラ!アントーニ・ロス・マルバの指揮、マドリード交響楽団の演奏、オルフェオン・ドノスティアラの合唱、マリア・バーヨ(ソプラノ)、ラモン・バルガス(テノール)ら、スペインの実力派歌手たちによる、グラナドスのオペラ『ゴイェスカス』(AUVIDIS VALOIS/V 4791)を聴く。

ゴヤ風の... という意味の『ゴイェスカス』と名付けられた、2部構成、6曲からなるピアノ組曲が作曲されたのは、1911年。スペインを代表する画家のひとり、ゴヤ(1746-1828)が描いた明朗な色彩、表情豊かな画面を、スペイン情緒を以って、美しくピアノの響きに落とし込んだピアノ組曲は、作曲者である、ピアノのヴィルトゥオーゾ、グラナドスの演奏もあって、瞬く間に人気を博す。で、そんな作品を、オペラにしたらどうか?という声に応え、オペラ化されたのが、ここで聴く、オペラ『ゴイェスカス』。それは、1幕物のサルスエラ、ヘネロ・チコを思わせる、1時間ほどの短い作品で、ゴヤ風というだけに、3枚の絵(=3景)から構成されており、またそれらは、「恋する若者たち」という副題が全てを語るように、他愛の無い、恋する2組みの若者たちの情景を描いたもので、そのひとつひとつが、ヘネロ・チコのようにも見える。下町に遊びに出た、将校、フェルナンドのお相手のお嬢様、ロザーリオに、闘牛士、パキーロがちょっかいを出して、その恋人の町娘、ペーパが嫉妬する1枚目(track.1-3)、ダンス・ホールで町娘がお嬢様に嫌がらせをしたことで、将校と闘牛士が険悪になる2枚目(track.5-7)、そして、夜、将校と闘牛士が決闘となる3枚目(track.9-11)... 3つのシーンは、"起承"、"転"、"結"を成して、ひとつの物語を紡ぎ出すものの、グラナドスは、ドラマの流れを際立たせるよりも、3つの絵、それぞれのトーンをより大切に音楽にするようで、オペラでありながら、連作カンタータのような、独特の雰囲気でオペラ全体を包む。
まず、1枚目(track.1-3)、マドリードの広場... ある種のスポーツ?ペレーレという藁人形を、布を使って胴上げのように投げ合う遊びと、それを取り囲む人々の賑わいを、コーラスをふんだんに用いて描き出し、プッチーニを思わせるような活き活きとした情景描写で、朗らかにスペインの気分を創り出す。そして、コンサート・ピースとしても取り上げられる、スペインらしい詩情に溢れた間奏曲(track.4)を挿んでの2枚目(track.5-7)、下町の場末感も漂うダンス・ホール... ファンダンゴのリズムが常に刻まれ、ソロとコーラスがそのリズムに乗り、躍動的に歌い上げて、ダンス・ホールの猥雑な熱気を見事に生み出す。で、その熱を冷ますような、荘重でミステリアスな導入曲(track.8)から始まる、3枚目(track.9-11)、ロザーリオの家の夜の庭... マスネのような甘やかさと、ドビュッシーのような抒情性が織り成す、美しくもミステリアスな夜の風情。そこに潜む、決闘と死を予感させる不穏さを、モダニスティックな音楽を滲ませることで描き出す妙。そして、3つの絵、それぞれの魅力を、ナチュラルに結んで、ひとつのオペラを展開する妙。ピアノ組曲『ゴイェスカス』は、オペラ『ゴイェスカス』となって、より際立った存在感を放っているように感じる。サルスエラの定番を、プレ・モダンの音楽に落とし込み、オペラにして、音画のような瑞々しさを引き出すグラナドスの見事な筆致!改めて聴いてみると、実に興味深い。
そんな、オペラ『ゴイェスカス』、スペインの実力派歌手たちで聴くのだけれど、これがすばらしい!リリカルなバーヨのソプラノ、伸びやかなバルガスのテノール、艶やかなバケリゾのバリトン、情熱的なカザリオエーゴのメッゾ・ソプラノ... それぞれ役柄をしっかり捉えながら、グラナドスのゴヤ風に籠めた絵画的な端正さ、瑞々しさが感じられる歌いには、魅了されるばかり。そして、大活躍のバスクのコーラス、オルフェオン・ドノスティアラ!彼らの手堅くも色彩豊かな歌声は、このオペラのおもしろさを、間違いなく引き立てている。という歌声を巧みにまとめ、美しい3つの絵をオーケストラとともに描き上げる、カタルーニャのマエストロ、ロス・マルバの指揮も見事!マドリード響をクリアに鳴らして、グラナドスの音楽をより瑞々しく響かせ、魅了されるばかり... 何より、歌声と渾然一体となって繰り広げるその演奏は、オペラでありながら、交響詩的な雰囲気を生み出し、かえってポエジーが薫り立ち、惹き込まれる。そうして、再発見する、オペラ『ゴイェスカス』、なんて魅惑的な!
しかし、その魅惑的なオペラが、作曲家に死をもたらす。その初演を、パリ、オペラ座で考えていたグラナドスだったが、1914年、第1次大戦の勃発で、それどころではなくなってしまうヨーロッパ... そこに、ニューヨークのメトロポリタン・オペラから初演の話しが持ち掛けられ、受けることにしたグラナドス。大の船旅嫌いだったとのことだが、妻を連れ、一大決心で大西洋を渡る。そして、1916年、作曲家の立ち合いの下、オペラ『ゴイェスカス』は、メトロポリタン・オペラで初演され、大成功!その成功を受けて、ホワイト・ハウスに招待されることになるグラナドス。これにより、帰国を遅らせることになるのだが、これが運命の分かれ道に... グラナドス夫妻はイギリス経由の帰路となり、客船、サセックス号で、ドーバー海峡を渡る途中、ドイツ軍のUボートによる攻撃を受け、命を落とす。享年、48歳、あまりに若過ぎる死だった。

ENRIQUE GRANADOS : GOYESCAS
ORQUESTA SINFÓNICA DE MADRID / ANTONI ROS MARBÀ

グラナドス : オペラ 『ゴイェスカス』

ロザーリオ : マリア・バーヨ(ソプラノ)
ペーパ : ローラ・カザリオエーゴ(メッゾ・ソプラノ)
フェルナンド : ラモン・バルガス(テノール)
パキーロ : エンリケ・バケリゾ(バリトン)
オルフェオン・ドノスティアラ(コーラス)

アントーニ・ロス・マルバ/マドリード交響楽団

AUVIDIS VALOIS/V 4791




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