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ベートーヴェン、古典派からロマン主義者へ、チェロ・ソナタ。 [before 2005]

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ヴィオラ・ダ・ガンバとチェロは、何が違うのだろう?足(イタリア語でガンバ... )で挟むのがヴィオラ・ダ・ガンバで、自らの足(エンドピン)で立つのがチェロ。古楽器のヴィオラ・ダ・ガンバに対して、モダン楽器のチェロ(ピリオド楽器としてのチェロも、もちろんあるけれど... )、漠然とそんな印象がある。が、よくよく見つめてみると、まったく違う楽器だったり... ヴィオラ・ダ・ガンバの歴史は古く、ルネサンス期にまで遡る。一方のチェロは、意外と新しく、18世紀にヴァイオリン属の楽器として、ヴィオラ・ダ・ガンバとは異なる系譜から派生し、発展した楽器。形こそ似ているものの、2つの楽器を聴き比べれば、系譜の違いは、やっぱり大きいのかも... より澄んだ響きのするヴィオラ・ダ・ガンバに対して、様々なトーンが織り交ざって響くチェロ。どちらも魅力的だけれど、ヴィオラ・ダ・ガンバからチェロへ、時代とともに聴き手の関心が移って行ったのは、なかなか興味深い。
ということで、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ(チェロ・ピッコロによる演奏だったのだけれど... )に続いて、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ... アンナー・ビルスマのチェロ、ジョス・ファン・インマゼールのフォルテ・ピアノで、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集(SONY CLASSICAL/S2K 60761)を聴く。でもって、今月後半は、チェロに注目してみようかなと...

チェロ・ピッコロとポジティフ・オルガンの演奏によるバッハを聴いてから、チェロとフォルテ・ピアノによるベートーヴェンを聴くと、その落ち着いた雰囲気と、表現の深みに驚かされ、嗚呼、19世紀の音楽なんだなと、感じ入ってしまう。のは、ここまで、たっぷりとドイツ・バロックを聴いて来たからか... 18世紀から19世紀へ、否応無く音楽は深まる。それを思い知らせてくれるベートーヴェンであり、チェロであり、フォルテ・ピアノだったかなと... また、5曲からなるベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集、最初の1曲が、3番(disc.1, track.1-4)であったのも大きいかもしれない。1808年、「運命」、「田園」、「皇帝」と同時期に作曲された、3番のチェロ・ソナタ。いわゆる「傑作の森」(1804年の「英雄」に始まり、1810年まで続く、ベートーヴェンが作曲家として才気を爆発させた時代... )と呼ばれる時代の作品だけに、それ以前のチェロ・ソナタとは明らかに異なり、新しい時代を意識させる音楽が印象的... つまり、古典主義を脱し、チェロの深い音色を前面に押し出し、ロマン主義的な表情を湛え、より聴く者を惹き込む音楽が展開されていて... それは、「運命」、「田園」、「皇帝」よりも、先を行く感覚があって、シューベルトやシューマンを思わせるところも... 「傑作の森」について語られる時、どうしても交響曲やピアノ協奏曲に目が行きがちだけれど、この3番のチェロ・ソナタもまた傑作であり、楽聖の先進性に驚かされる。
さて、ビルスマは、3番の後に、時代を遡って、1795年、ベルリンの宮廷の首席チェロ奏者、デュポールのために書かれた1番(disc.1, track.5-7)と2番(disc.1, track.8-10)を取り上げる。で、3番の後だと、古典主義に留まっている様子がより鮮明になるようで、興味深い。一方で、古典主義に留まるその音楽に、よりベートーヴェンらしさのようなものを見出してしまうからおもしろい。でもって、やっぱりベートーヴェンは古典派なんだなと... また、ピアニストとして活躍していた頃の作品だけに、1番、2番とも、ピアノがチェロに負けず活躍し、主役を作らないその姿勢が、かえってシンフォニックな音楽を紡ぎ出し、3番にはない活気や華やかさに魅了されてしまう。続く、2枚目に収められた4番(disc.2, track.1-4)と5番(disc.1, track.5-7)は、1815年、シュパンツィヒ四重奏団(ベートーヴェンのパトロンのひとりで友人であったラズモフスキー伯の私設弦楽四重奏団で、ヴィオラとヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ、シュパンツィヒによって率いられていた... )のチェロ奏者、リンケのために書かれた作品で、「傑作の森」と呼ばれた時代の最後を飾る作品。だからか、ベートーヴェンの音楽人生の前半を集大成するような充実が響き、1枚目で聴いた古典派たるベートーヴェンらしさと、ロマン主義へと踏み込む姿勢が絶妙に結ばれて、巨匠然とした雰囲気を醸し出し、円熟を感じさせるのか... 特に、5番の終楽章(disc.2, track.7)のフーガには、バッハを呼び覚ますようであり、第九を予感させるようであり、惹き込まれる。
最も時代の先を行く3番に始まって、18世紀に書かれた1番と2番、19世紀に書かれた4番と5番... チェロ・ソナタというひとつのフォーマットから、ベートーヴェンという存在を改めて見つめてみると、より深いものが見えて来る気がする。古典主義こそベートーヴェンの語法であって... が、ロマン主義の到来に鋭敏に反応し、引き込んで、より充実した音楽を響かせつつ、やがて、そうしたモードをも脱して、音楽の深淵を目指すようなフーガを紡いで、晩年の境地をも予感させる最後... チェロという味わい深い楽器で奏でるせいもあってか、何かひとつの人生を描き出すような、そんなストーリー性を感じさせるチェロ・ソナタ全集でもあって、全5曲を聴き終えての充足感は、普段、聴く、ベートーヴェンとは一味違うのかもしれない。というチェロ・ソナタのおまけに、「魔笛」の主題による12の変奏曲(disc.1, track.8)が奏でられるのだけれど、パパゲーノが歌う「恋人か女房か」の、おっちょこちょいなメロディーが、ピアノとチェロにより愛らしく変奏されるその音楽は、最後に気分を変えて、何とも粋。一方で、変奏曲の大家であるベートーヴェンの手堅さ、何より、創意に感服させられる。
そんなベートーヴェンによるチェロのための作品をまとめた、ビルスマ。このマエストロならではの、実直かつ瑞々しい音色から繰り出される深みと、見事な弓捌きが生む軽やかさ... 端正でありながら、豊かな表情を紡ぎ出して来るあたりは、さすが!なればこそ、ベートーヴェンのそれぞれの時代の音楽性が引き立てられ、全5曲、2枚組の長丁場も飽きさせることなく聴かせ、単にチェロ・ソナタを聴くだけでない、ひとりの作曲家としてのベートーヴェン像を雄弁に語り出すかのよう。最後の変奏曲もウィットに富んでいて、絶妙な切り返しとなり、何とも素敵な後味を残して来る。そんな変奏曲では、ビルスマのチェロ以上に活躍することになるインマゼールのフォルテ・ピアノがまたすばらしく... 端正でありながら、音楽により広がりを生むようなタッチが印象的で、ソナタでは、ビルスマのチェロと見事に渡り合い、伴奏に留まらない存在感を示し、魅了してくれる。そうしたあたりに、ベートーヴェンはピアニストであったことを再確認させられる。

BEETHOVEN COMPLETE SONATAS FOR PIANOFORTE & VIOLONCELLO
JOS VAN IMMERSEEL ・ ANNER BYLSMA

ベートーヴェン : チェロ・ソナタ 第3番 イ長調 Op.69
ベートーヴェン : チェロ・ソナタ 第1番 ヘ長調 Op.5-1
ベートーヴェン : チェロ・ソナタ 第2番 ト短調 Op.5-2

ベートーヴェン : チェロ・ソナタ 第4番 ハ長調 Op.102-1
ベートーヴェン : チェロ・ソナタ 第5番 ニ長調 Op.102-2
ベートーヴェン : 『魔笛』の主題による12の変奏曲 ヘ長調 Op.66

アンナー・ビルスマ(チェロ)
ジョス・ファン・インマゼール(フォルテ・ピアノ)

SONY CLASSICAL/S2K 60761




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