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ハノーファーからやって来たエージェント、ヘンデル、水上のミッション。 [2017]

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8月、夏休みということもあって、こどもたちの姿をあちこちで目にする。だからだろうか、何となく街の表情も、いつもより楽しげに映るような... そして、夕闇が迫る頃、どこからともなく太鼓の音が聴こえて来て、浴衣姿の人を見掛ければ、ああ、盆踊りがあるんだなと... 遠くで、ドォンっ!と音が響けば、夜空に花火をつい探してしまう... こういう夏の楽しみの気配に、何だかワクワクさせられる。改めて、見渡せば、夏には、いつもとは違う、非日常が、そこかしこに仕掛けられているようで、おもしろい。そんな非日常に出くわすと、異界に迷い込んだようで、ちょっと眩惑される。さて、音楽であります。盆踊りに、花火と、夏は、やっぱり祭りかなと... ならば、祝祭の音楽に注目してみよう!ということで、今からちょうど300年前の夏へと遡ってみることに...
1717年、ロンドン、テムズ川でのページェント!アルフレード・ベルナルディーニが率いる、ピリオド・オーケストラ、ゼフィロの演奏で、今年、初演、300年を迎えるバロックの定番、ヘンデルの『水上の音楽』(ARCANA/A 432)。改めて、この人気作を見つめる。

20代前半にして、本場イタリアで活躍したヘンデル。その活躍により、1710年、25歳の若さでハノーファー選帝侯の楽長に大抜擢!が、華やかなイタリアに比べ、北ドイツ、ハノーファーの宮廷は、気鋭の若手作曲家にとって刺激に欠けたのだろう、着任、早々、大都市、ロンドンへと旅し、本場仕込みのイタリア・オペラで、ロンドンっ子を大いに沸かす!でもって、1712年には、再びロンドンへと渡り、もはや帰る気無し(以後、その死まで、ロンドンを拠点とする... )。当然、ハノーファーの楽長職は解任されるのだけれど、ロンドンで人気を確立し、アン女王(在位 : 1702-14)の知遇も得て、乗りに乗っていたヘンデルだけに、ハノーファーには何の未練も無かったのだろう。が、これが若気の至りだった... 1714年、アン女王がこの世を去ると、ハノーファー選帝侯が、ジョージ1世(在位 : 1714-27)としてイギリスの王位を継承、ロンドンにやって来た!どうなるヘンデル?そこで生まれたのが、『水上の音楽』。かつての雇い主で新国王のご機嫌を取ろうと、王のテムズ川でのクルージングのために、そのバック・グラウンド・ミュージック、まさに水上の音楽を作曲したらしい... という説は、今では否定されているようです。で、実際は、より込み入っていて... というより、俄然、謎めいて、おもしろかったりする!
そもそも、1701年、王位継承法(ステュアート王家の血を引く者に限る。カトリック信者は王位を継承できない。などなど... )の制定により、アン女王の次の国王は、ハノーファー選帝侯(正確には、その母... )と限定されていた。つまり、ヘンデルがロンドンに拠点を移したとしても、やがてハノーファー選帝侯がイギリス国王となるわけで、ハノーファー選帝侯に不義理をすることは、得策ではないとわかっていたはず... ならば、なぜに?というところで浮かび上がる、ヘンデル、スパイ説!ヘンデルではなく、ハノーファー選帝侯の視点に立って、当時のイギリスを見つめると、興味深い風景が見えて来る。まず、アン女王に近い血縁者(ただ、カトリック... )は少なからずいて、ドイツの諸侯であるハノーファー選帝侯の王位継承は、王位継承法があってこそのもの、かなり心許無いものでもあった。そういう状況を受けて、楽長、ヘンデルは、ロンドンに送り込まれたか?ヘンデルのロンドンでの活躍をつぶさに見つめれば、アン女王の周辺はもちろん、イギリスの有力者たちの動静を、逐一、ハノーファーに報告できたことは間違いない。そうして、1714年、ハノーファー選帝侯は、無事にイギリス国王へと即位。ヘンデルは特に不利益を被ることもなく、ロンドンで活躍を続けた。となると、やっぱりスパイだったか?で、エージェント・ヘンデル、次なるミッションが、そう『水上の音楽』。ドイツからやって来た新国王、ジョージ1世、英語を話せなかったりと、ロンドンっ子に不人気でして... そこで、1717年7月17日、テムズ川でのページェントが計画される。その音楽を担当したのが、人気作曲家、ヘンデル。つまり、『水上の音楽』は、新国王の国民懐柔策だった!
という風に、聴き馴染んだ作品を見つめると、何だか凄く刺激的に感じられる。あの華やかさの裏には、エージェント・ヘンデルの巧みな仕事ぶりがあったのかもと... で、そんな仕事ぶりを臭わせる?ベルナルディーニ+ゼフィロの演奏でもあって... 端正なイギリス・バロックというイメージのある『水上の音楽』(track.1-10, 21-29)だけれど、イタリア・ピリオド界切ってのオーボエの名手、ベルナルディーニの手に掛かると、端々でイタリア的な艶っぽさや、輝きがこぼれ出し、よりドラマティックな印象を受ける。名手なればこその、ちょっと手の込んだ仕掛けというのか、巧みな表情付けが活きて、それぞれのナンバーが息衝き、新鮮。そこには、慣れ親しんだイギリス・バロックの大家となった晩年のヘンデルの姿ではなく、イタリア・バロックの大家たちを向こうに回して活躍した若きヘンデル像を呼び起こすようで、なかなか興味深い。で、ベルナルディーニのオーボエもまた魅惑的... 第1組曲、2曲目、アダージョ・エ・スタッカート(track.1)のメランコリックなメロディーを、澄んだ音色で切々と捉えるあたり、まさに水を得た魚!聴き入ってしまう。そう、ベルナルディーニ+ゼフィロの『水上の音楽』は、単に典雅なばかりでなく、緩急が効いていて、テムズ川のページェントにも、絶妙な味わいを生み出す。
さて、ベルナルディーニは、もうひとつの水上の音楽を取り上げる。それが、今年、没後250年のメモリアルを迎える、テレマンの水上の音楽、序曲『ハンブルクの潮の干満』(track.11-20)。ロンドン、テムズ川のページェントから6年を経た、1723年、ハンブルク市海軍鎮守府創設100周年を祝うために作曲された音楽は、テレマンならではの上質さ、時に大胆さもありつつ、ヘンデルの後だと、より都会的に感じられる。海の神話をモチーフに、優雅さにも彩られ、ちょっとフランス・バロックのバレエのような雰囲気を見せるのか... そのあたりもまた、ベルナルディーニならではのケミストリーと言えるのかもしれない。クリアにスコアを捉えながら、メンバーたちの妙技でもって、より豊かな表情を紡ぎ出すゼフィロの演奏。ヘンデルのページェントに、テレマンの祝宴、それぞれ実に魅力的な音楽を楽しませてくれる。という1枚は、Ambroisieから2003年にリリースされたものの再リリース。いや、再リリースするだけの魅力、確かにある。

HANDEL TELEMANN WATER MUSICK / WASSERMUSIK
ZEFIRO, ALFREDO BERNARDINI


ヘンデル : 『水上の音楽』 第1組曲 ヘ長調 HWV 348
テレマン : 序曲 『ハンブルクの潮の干満』 ハ長調 TWV 55:D12
ヘンデル : 『水上の音楽』 第2組曲 ニ長調 HWV 349
ヘンデル : 『水上の音楽』 第3組曲 ト長調 HWV 350

アルフレード・ベルナルディーニ/ゼフィロ

ARCANA/A 432




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