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アルス・ノヴァ、中世の前衛、マショーのモテトゥス... [before 2005]

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メシアン、ラヴェル、グリゼーと、20世紀のフランス音楽を聴いて来たのだけれど、それは、まさしく三者三様!こうして並べてみると、ひとつの国で、ひとつの世紀の中で生まれた音楽とは、ちょっと信じ難いほど... 改めてフランスという国の、奥深さ、幅に、思い知らされる。一方で、三者三様の際だった個性にも、そこはかとなしにつながりも感じられるのがおもしろいところ... ラヴェルの色彩感はメシアンで炸裂し、ラヴェルらによる印象主義の響きへの関心は、グリゼーらスペクトル楽派により論理的に展開され、新たな地平が拓かれる。フランス音楽のDNAは、個性の影で、連綿と受け継がれているという興味深さ... で、その連綿と受け継がれているものを、時代を遡って見つめて見ようかなと... 20世紀から一気に時代を遡り、中世末、14世紀へ!
振り返ってみると、近現代が続いたので、ちょっと気分を変えて、フランスの古楽アンサンブル、ムジカ・ノヴァの歌と演奏で、ルネサンスを準備するアルス・ノヴァの巨匠、ギョーム・ド・マショーのモテトゥス全集(Zig-Zag Territoires/ZZT 021002)を聴く。

ヨーロッパの中世というと、「暗黒時代」というイメージが付き纏う。が、476年の西ローマ帝国の消滅から、15世紀のルネサンスの到来まで、おおよそ千年に及ぶ中世、その全てが暗黒だったとするのは、あまりに乱暴な話し... 農業の生産性が次第に向上し、市が立ち、都市が建設され、交易も発達、また拡大主義の果てにイスラム帝国が瓦解、その隙を突いて行われた十字軍を巧みに利用して地中海貿易の主導権を握ったイタリアの都市、再び世界の富はヨーロッパへと流れ始める。その富の蓄積により、中世末期は、まさにバブル!が、繁栄こそヨーロッパを変質させ、カタルシスがやって来る。そんな中世末に活躍した作曲家が、ギョーム・ド・マショー(ca.1300-1377)。フランス王の戴冠の地、ランスで育ち、そこで音楽を学んだと考えられるマショーは、フランス王家と縁戚関係にあったルクセンブルク家のボヘミア王、ヨハンに仕え、王がクレシーの戦い(百年戦争の最初の大きな戦い。で、フランス軍が大敗する... )で戦没すると、その娘で、フランス王妃となるボンヌに、さらにその息子、フランス王、シャルル5世にも仕え、中世末期のフランス音楽の中心的な人物として活躍する。
そんな、マショーの音楽を特徴付けるのが、それまでとは違うことを明確に宣言したアルス・ノヴァであること。マショーの盟友、ヴィトリにより提唱された、新しい(ノヴァ)、技術(アルス)は、より細かいリズムを捉えることを可能とした新しい記譜法を指し、それを駆使して、それまでに無い複雑なリズムを織り成す。ムジカ・ノヴァによるモテトゥス全集は、そうしたあたりを印象付けるように、太鼓を伴奏にリズムを強調してテノール・ソロが歌うトリプルムで始まる。6番のモテトゥスのトリプルム、"S'il estoit nulz"(disc.1, track.1)の、飄々とシンコペショーンを繰り出して、躓きそうな間を作り出す不思議なリズムには、後のフランス・バロックの弾むリズムが遠くに見えるようで、なかなか興味深い。つまり、アルス・ノヴァの新しい記譜法こそ、フランス音楽ならではDNAの要素のひとつと言えるのかもしれない。何より、この飄々としたリズムがツボ!生み出されたばかりの新しい技術を駆使して、おもしろいリズムを生み出してやろうというマショーの力みが、現代人に馴染んだリズム感覚の斜め上を行っていて、ウケる。裏を返せば、中世末の人々にとっては、恐ろしく前衛的に響いたのではないだろうか?
さて、マショーのモテトゥスは、今を以ってしても前衛的に響く... というのは、モテトゥスの複雑な構造。ラテン語で歌われるモテトゥスと、フランス語で歌われるトリプルムを重ねて成立する多声音楽、モテトゥス。現代人の感覚からは想像が付かないのだけれど、複数の歌が、それも異なる言語の歌が、同時に歌い進められてひとつの音楽を成すというブっ飛んだ在り様。トリプルム"S'il estoit nulz"(disc.1, track.1)も、6番のモテトゥス(disc.1, track.2)として完全な形で歌われれば、もうひとつ別のフランス語による声部が加わり、荘重なラテン語によるモテトゥスで下支えして、複雑。6番のモテトゥスは、声部が巧みに引き立て合い、厚みと深みを生んで、魅力的なのだけれど、他では、もっと声部同士がぶつかるような感覚もあって、それは、異なるメロディーをコラージュするようでもあり、どこかアイヴズの音楽を思い起こさせる。同じ多声音楽でも、アルス・ノヴァ以前のアルス・アンティクァのシンプルさ、アルス・ノヴァ以後のルネサンス・ポリフォニーの整えられたハーモニーとは違って、尖がった感触を生むマショーの音楽は、21世紀においても独特な前衛感を放ち、刺激的。
そんな、全23曲のマショーのモテトゥスを取り上げたムジカ・ノヴァ。単に23曲のモテトゥスを歌い綴るのではなく、トリプルム、あるいはモテトゥスを取り出して、単声で歌い、それから完全な形で歌い、どういう声部で構成されているかをより解り易く提示してくれる。また、ひとつの声部のみを取り出して歌うことで、アルス・ノヴァの際だったリズムがより克明になるのも、興味深いところ。マショーの音楽の新しさ、おもしろさを丁寧に伝えようという意気込みが、ビンビン伝わって来る。で、その歌声も、とてもクリアで、声部、リズムが活き、惹き込まれる。器楽による伴奏も、素朴でありながら、中世ならでは味わいを引き立て、録音のすばらしさもあり、大いに魅了される。中世ならではの朴訥さを包んだクリアなハーモニーとサウンドを巧みに綾なしながら、中世末の前衛を息衝かせるムジカ・ノヴァ。すばらしいパフォーマンスを繰り広げる!

MACHAUT, ENSEMBLE MUSICA NOVA, LES MOTETS

マショー : モテトゥス

ムジカ・ノヴァ

Zig-Zag Territoires/ZZT 021002




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