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解き放たれるヤナーチェク。個性の後ろにロマンティック。 [before 2005]

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ECM NEW SERIESというと、アルヴォ・ペルトのような、ポスト"ゲンダイオンガク"な存在に、ジャズ(本業)とのコラヴォレーション、"Officium"といったアルバムが目立つのだけれど、意外とクラシックの定番も充実している。そのあたりを担っているのが、トマス・ツェートマイアーや、アンドラーシュ・シフといった手堅いベテラン、マエストロたち... いや、彼らの手堅さは、ECM NEW SERIESの雰囲気からすると、ちょっと浮いてさえいる気がする。が、今、改めてクラシックを俯瞰してみると、手堅い演奏家、取り組みというのが、貴重?そうした中にあっての手堅さは、一周回って、ECMの、アイヒャーの姿勢、そのものにも思えて来る。クールでスタイリッシュなばかりがECM NEW SERIESではない。今こそ、手堅く音楽と向き合うことが、クールでスタイリッシュなのかもしれない。いや、ECM NEW SERIESを改めて見つめると、クラシックの現在を、いろいろ考えさせられるなと...
ということで、手堅いECM NEW SERIESを代表する存在。ベートーヴェンのピアノ・ソナタのツィクルスが評判を呼んだ、ハンガリーのマエストロ、アンドラーシュ・シフによる、ヤナーチェクのピアノ作品集(ECM NEW SERIES/461 660-2)を聴いてみる。

1850年代生まれの作曲家たちというのが、なかなかもどかしい。フランス近代音楽を準備するダンディ(1851-1931)、ショーソン(1855-99)、ワグネリアン、フンパーディンク(1854-1921)、イタリアの器楽曲の復興に先鞭を付けたマルトゥッチ(1856-1909)、ヴェリズモ・オペラのレオンカヴァッロ(1857-1919)、イタリア・オペラの最後の輝き、プッチーニ(1858-1924)、イギリスにおけるロマン主義の大家、エルガー(1857-1934)... 19世紀、ロマン主義の申し子として教育を受けながら、20世紀、晩年にはモダニズムが押し寄せて来る。そうした時代を生きた作曲家たちの音楽は、新旧の間を揺れつつ、態度を決めかねるようなところがある。そうした中で、異彩を放つのが、ヤナーチェク(1854-1928)。ヤナーチェクというと、シンフォニエッタに、グラゴル・ミサに、『利口な女狐の物語』といったオペラがすぐに思い浮かぶ。で、その音楽は、モダニスティックなイメージがある。『春の祭典』の初演(1913)の15年後、1928年まで生きたのだから、当然、そういうイメージとなるのだろう。一方で、ヤナーチェクが生まれた1854年は、リストが交響詩「前奏曲」を、ワーグナーが『ラインの黄金』を完成させた年、ヤナーチェクもまたロマン主義の申し子であって、そのモダニスティックなイメージを改めて見つめると、また違った表情を見出せる気がする。そうしたあたりに迫る、手堅く、それでいて、真摯なシフのタッチ...
取り上げるのは、全て20世紀に入ってからの作品。タイトルにある通り1905年に作曲されたピアノ・ソナタ、「1905年10月1日」(track.5, 6)、1908年に第1集が出版された組曲『草かげの小径にて』(track.7-16)、その第2集と補遺(track.17-21)、1912年に作曲された『霧の中で』(track.1-4)、そして、1928年、死の年に書かれた小品、「思い出」(track.22)と、ヤナーチェク芸術の円熟期にある、ピアノの主要な作品をきっちりと網羅した内容は、手堅い。で、その演奏も手堅い... バッハの名手であるシフならではのすっきりとしたタッチは、ヤナーチェクの音楽を、イメージに捉われることなく、清廉に瑞々しく響かせる。すると、ヤナーチェクの音楽にある独特の癖、そのモダニスティックなイメージの源とも言うべき、作曲家、ヤナーチェクを育んだ、チェコ、モラヴィア地方のローカル性がスーっと融け、ヤナーチェクのベースにあるロマンティックさが浮かび上がる。20世紀に入ってからの作品であること、ヤナーチェクの異彩を強調しないシフ... そうして湧き上がる豊かな情感... ヤナーチェクの人生(38歳年下の人妻、カミラ・シュテスロヴァーとの関係... )、その芸術志向(文学作品にインスパイアされた数々の作品... )を改めて見つめると、実にロマンティックであることを知る。シフの演奏は、個性に隠れた素のヤナーチェクを解き放つようで、おもしろい。何より、素のヤナーチェクに魅惑されてしまう。
とはいえ、ヤナーチェクはヤナーチェクである。19世紀由来の瑞々しいロマンティックさに、時折、独特なヴィヴィットさが走り、はっとなる。そうして、19世紀のロマンティック、という時間の感覚が揺らぐ。揺らぐというより、時代感が消失する。19世紀調でありながら、作曲された20世紀... いや、いつの時代かわからない色彩が入り込む。すると、作品全体が時代をすり抜けて、オルタナティヴ・クラシック、なんて呼びたくなるような雰囲気を漂わせ始める。アンビエントな表情を湛えつつ、どことなしにポップな『霧の中で』(track.1-4)、映画音楽のようなヴィヴィットさが印象的なピアノ・ソナタ、「1905年10月1日」(track.5, 6)、民謡を素にしながら、そのメローでキャッチーなあたりをスタイリッシュに仕上げた組曲『草かげの小径にて』(track.7-16)、同じフレーズを繰り返して、ちょっと謎めいた音楽を紡ぎ出す「思い出」(track.22)。改めてヤナーチェクの音楽のおもしろさに惹き込まれてしまう。そのおもしろさは、ジャンルを越えている。

LEOŠ JANÁČEK A RECOLLECTION ANDRÁS SCHIFF

ヤナーチェク : 4つの小品 『霧の中で』
ヤナーチェク : ピアノ・ソナタ 「1905年10月1日」
ヤナーチェク : 組曲 『草かげの小径にて』 第1集
ヤナーチェク : 組曲 『草かげの小径にて』 第2集
ヤナーチェク : 組曲 『草かげの小径にて』 パラリポメナ
ヤナーチェク : 思い出

アンドラーシュ・シフ(ピアノ)

ECM NEW SERIES/461 660-2




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