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時間を消失させてしまう、リュビモフの魔法、"Der Bote"。 [before 2005]

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6月は、ECM NEW SERIES... 梅雨の季節にしっくり来るかなと、そんな思い付きで聴き始めたものの、いや、改めて見つめてみるECM NEW SERIESは、ただならない。モノトーンの印象的なジャケットを纏ったタイトルは、どれも既存のクラシックとは一線を画し、クール。で、そのクールさを分析すると、プロデューサー、アイヒャーの希有な感性が強く感じられ、また、それを貫くために、クラシックの作法を打ち破るラディカルさを見出す。モノトーンで、クールな雰囲気とは裏腹に、ECM NEW SERIESは、常に戦いを挑んでいた。ジャズからやって来た門外漢なればこそ可能な革新が、ECM NEW SERIESには充ち満ちている。そして、21世紀のクラシックを何気に俯瞰してみると、ECM NEW SERIESの存在が、そこはかとなしに影響を与えているように感じられる。ドンとスターが前面に立ち、ドヤ顔で名曲を奏でてセールスを稼ぐという時代は、今や昔... そうした中で、ECM NEW SERIESの真摯に音楽を見つめる姿勢は先駆的だったなと、今、改めて感慨を覚える。
で、そんなECM NEW SERIESの姿勢を強く感じることのできる1枚、でもって、アレクセイ・リュビモフのECM NEW SERIES、初登場だった1枚... ポスト・バロックのカール・フィリップ・エマヌエル・バッハから、ポスト"ゲンダイオンガク"とも言えるシルヴェストロフまで、幅広い音楽をエレジーで綴るアルバム、"Der Bote"(ECM NEW SERIES/461 812-2)を聴く。

最後に取り上げるシルヴェストロフの作品、「使者」(track.10)をアルバムのタイトルとした、ピアノのためのエレジー集、"Der Bote(ドイツ語で、使者)"。カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-88)に始まり、グリンカ(1804-57)、ショパン(1810-49)、リスト(1811-86)、ドビュッシー(1862-1918)、バルトーク(1981-45)、ケージ(1912-92)、マンスリアン(b.1937)、シルヴェストロフ(b.1937)まで、多感主義に、ロマン主義、国民楽派、印象主義、現代音楽に、ポスト"ゲンダイオンガク"と、ひとつに収め切れないようなレパートリーを、1枚にまとめてしまった、鬼才、リュビモフ。それは、ECMデビュー(2002)だっただけに、並々ならぬものを感じるラインナップ... なのだけれど、"Der Bote"から響き出すトーンは、様々なイズムを越えて、音楽史の中をたゆたうようで、そのたゆたう中で、癒しにも似た脱力を味わう。また、脈略の無いようにも感じられるラインナップには、音楽の深淵へと至る鍵が隠されているようで、神秘的ですらあって、ただならず惹き込まれてしまう。という、ピアノのためのエレジー集、"Der Bote"は、鬼才、リュビモフが見せる、イリュージョンのように感じられる。
1曲目、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの幻想曲が、まさに幻想... それは、作曲家の死の前年、1787年の作品。となるとモーツァルトがウィーンで活躍していた頃で、軽やかな古典主義の時代の作品。しかし、ポスト・バロックの時代に活躍した多感主義の巨匠の音楽は、多感主義ならではのセンチメンタルな表情に深く彩られ、時代遅れの様相を見せる。が、そのセンチメンタルには、多感主義のプレ・ロマン主義とも言える性格が表れ、時代を先取りするようでもあり、時間の概念が揺らいでしまう。揺らいだ後で、響き出す、1948の作品、ケージの"In a landscape"(track.2)。まるで、ドビュッシーの延長線上にあるような、ミニマル・ミュージックを先取りするようなケージの音楽は、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの幻想を、吸い取るように受け継いで、美しく滲ませて、ますます時間の概念が消失して行く。いや、多感主義の音楽の後で、こうもナチュラルに20世紀の音楽が響き出すとは!この感覚、衝撃的... で、さらに、マンスリアン(track.3)、リスト(track.4)と続いて、時間を進ませたり、戻したりしながら、音楽をその時代、その背景から切り離すように展開する"Der Bote"。そうすることで、様々な時代の、様々なイズムによる作品が、魔法に掛かったようにひとつに撚られて、おもしろい。
そうして、最後、このアルバムで最も新しい1990年代の作品、シルヴェストロフの「使者」(track.10)に行き着くのだけれど、最も新しいのに、そこに浮かぶイメージは、1曲目、最も古いカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの時代で... ポスト"ゲンダイオンガク"における擬古典主義とでも言おうか、音楽が素直な表情を湛えていた頃を懐古するようなシルヴェストロフの音楽。そして、「使者」(track.10)から聴こえて来るのは、モーツァルトだろうか?それは、まるでまどろみの中で聴くような、少し遠い音で奏でられ、幻想的。で、まさに、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの幻想曲へと還るようで、今、何を聴いているのかがわからなくなってしまう。裏を返せば、何を聴いているかなど意味を成さないのが"Der Bote"なのかもしれない。脈略の無いラインナップで、聴く者の焦点を失わせながら、全体をひとつの音楽として浮かび上がらせる妙。それにより、作曲家、作品を越えて、音楽そのものの存在を際立たせる。いや、鬼才、リュビモフの魔法掛かったセンスに驚かされ、眩惑される。
で、何より、リュビモフの瑞々しいタッチに惹き込まれる。18世紀も、19世紀も、20世紀も、徹底して澄んだ響きで捉えて、一音一音を淡く光らせるような、繊細な美しさを放つリュビモフのピアノ。それは、モダンのピアノの良さ、ニュートラルな響きを活かし切って、洗練されたもので、なればこそ、それぞれの作曲家、作品に、新しい発見をもたらしていて... 例えば、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの先進性は、ロマン主義を越えて、現代的にすら聴こえ、ケージの響きには、思いの外、ヨーロッパの伝統が感じられ... そうした新鮮さを、巧みに掘り起こすリュビモフの音楽性と、ひとつに結んでしまう総合力には、感服するばかり。それにしても、"Der Bote"は、眩惑される1枚。音楽そのものに魅了される。

ALEXEI LUBIMOV DER BOTE

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ : 幻想曲 嬰ヘ短調
ケージ : In a Landscape
マンスリアン : ノスタルジア
リスト : 別れ
グリンカ : 夜想曲 ヘ短調 「別れ」
ショパン : 前奏曲 嬰ハ短調 Op.45
シルヴェストロフ : エレジー
ドビュッシー : エレジー
バルトーク : 4つの哀歌 から 第1番
シルヴェストロフ : 使者

アレクセイ・リュビモフ(ピアノ)

ECM NEW SERIES/461 812-2




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