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ベートーヴェンという人生の変奏の行き着いた先... [2013]

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ポスト・モーツァルトの時代を、ベートーヴェンの5つのピアノ協奏曲で巡って来て、前回、ロッシーニの登場に注目してみたのだけれど... ナポレオンが去って、ロッシーニがやって来た。スタンダールの言は、まさにだなと感じる。ナポレオン戦争の荒ぶる時代を体現したベートーヴェンに対して、ナポレオン敗退後、ウィーン体制による保守反動の時代を席巻した若き才能、ロッシーニ。18世紀、ナポリ楽派の伝統を踏襲するその音楽は、保守的な時代の気分に応えつつ、若々しい軽快さが、反動による停滞に、爽やかさをもたらしたか... ロッシーニの音楽を改めて見つめると、その時代に、絶妙にフィットしていたことが窺える。一方で、ロッシーニの時代に晩年を迎えたベートーヴェンは、大いに苦しむことになる。が、苦しんで至る境地があって、楽聖なのだなと...
ということで、ベートーヴェンの晩年、まさに苦しんで至った境地を象徴するような音楽、ベートーヴェンのディアベリ変奏曲。アンドラーシュ・シフが、モダンのピアノと、ピリオドのピアノを用いて弾き分ける、大胆な2枚組(ECM NEW SERIES/4810446)を聴く。

ディアベリ変奏曲は、変奏曲の大家、ベートーヴェンを代表する変奏曲。となれば、まさに変奏曲の中の変奏曲とも言える作品だけれど、この作品の発端は、ちょっと風変わりなもの。作曲家で、出版業で成功したアントン・ディアベリ(1781-1858)が、自ら作曲したワルツをお題に、広く作曲家たちからピアノによる変奏を求める。で、その変奏を集めて、ひとつの大きな変奏曲にまとめるという、いささかギミックな企画。さて、その企画に参加したのは?当時を代表するピアノのヴィルトゥオーゾたち、カルクブレンナー、ピクシス、モシェレスらに、練習曲でお馴染みのツェルニー(変奏曲の最後、コーダを担当... )、モーツァルトの弟子、フンメル、モーツァルトの末っ子、フランツ・クサヴァー、そして、驚くべきは、作曲当時、まだ11歳だったリスト!と、まあ、ヴァラエティに富んだ面々でして、全部で50人の変奏を集めたディアベリ。50人にも及ぶと、燻っていたシューベルトも引っ掛かり、ちゃっかり変奏を提供しているからおもしろい。で、楽聖なのだけれど、1819年に依頼を受けるも、なかなか筆は進まず... 玉石混交とも言える特殊な企画にどう向き合って良いか、迷うところもあっただろう。そもそも、ディアベリによるテーマが陳腐... が、そこから、変奏曲の中の変奏曲を生み出したのだから、ベートーヴェンも大したもの。いや、最終的にのめり込んでしまったベートーヴェン。1822年に作曲を始めると、ひとつの変奏に留まらず、自らで一大変奏曲を書き上げてしまう(結局、1823年、第1部としてベートーヴェンのみによる変奏曲が出版され、翌年、第2部として50人による変奏曲が出版される... )。それも、ディアベリのテーマを用いるのは最初の数変奏のみで、後は変奏というより変容で、『ドン・ジョヴァンニ』のメロディーなども借りて来てしまって、独自の宇宙を創出。なればこその、変奏曲の中の変奏曲!ベートーヴェンの傑作のひとつとして、後世に伝えられるわけだ。
という傑作を、モダンのピアノ、1921年製、ベヒシュタイン(disc.1, track.3-36)と、ピリオドのピアノ、1820年頃の製作、フランツ・ブロードマン(disc.2, track.1-34)によって、繰り返し弾いてしまう、シフ... なんと大胆な!大胆だけれど、そこから見えて来るものが間違いなくあるから唸ってしまう。で、まずはモダンのピアノ(disc.1, track.3-36)で聴くのだけれど、そのクリアな響きが捉える晩年のベートーヴェンのめくるめく変奏は、とにかく自由に感じられ、場合によっては、抽象ですらあって、ブっ飛んでいる。それは、苦しんだ先にある開き直り?どこか投げやりにも聴こえなくもないのだけれど、それくらいだからこそ、思いもよらない展開を見せて、変奏曲を越えた音楽が広がる。いやもう、即興曲と言えそうなくらい... それが、ピリオドのピアノ(disc.2, track.1-34)になると、趣きがグっと変わる!ピリオドのピアノならではの少しくすんだ音色が生む深み、落ち着き... ベートーヴェンの時代の音色に落し込まれたディアベリ変奏曲は、モダンのピアノで感じた自由さが制御されるようで、おもしろい。それによって、かえって風格を漂わせ、形が定まったような印象を受ける。一方で、形が定まって軋むようなところが表れ、ベートーヴェンの大胆さが際立つところも... そうしたあたりに、当時のベートーヴェンの葛藤が表れるのか、モダンのピアノでは味わえない生々しさが刻まれ、惹き込まれる。新しい時代に取り囲まれて苦闘する姿を聴かせてくれるピリオド・ヴァージョン(disc.2, track.1-34)、新しい時代を謝絶して圧倒的なミクロ・コスモスを膨らませるモダン・ヴァージョン(disc.1, track.3-36)。シフは、ベートーヴェンという存在を外側から内側から見つめ、その核心に迫ろうとするのか... 大胆な試みだけれど、まったく以って刺激的な試みだ。
さて、シフは、さらにベートーヴェンの晩年をより大きく捉えようとする。モダンのピアノによる演奏の前には、ディアベリ変奏曲が完成する前年、1822年に完成された、ベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ、32番(disc.1, track.1, 2)が取り上げられ、ピリオドのピアノによる演奏の後には、ディアベリ変奏曲の翌年、1824年に完成した6つのバガテル(disc.2, track.35-40)が取り上げられる。そして、この2つの作品が、絶妙なインターリュードとポストリュードとなり、引き立て合う。ソナタという型が壊れ、まるで思い出の中をたゆたうような32番のピアノ・ソナタ(disc.1, track.1, 2)の自由さは、より力強い在り方で、ディアベリ変奏曲の自由さにつながり... ディアベリ変奏曲の後で聴く6つのバガテル(disc.2, track.35-40)は、思いの外、古風で、自由に舞い上がったベートーヴェンの音の数々が、過去へと還って行くようであり、何とも心に沁みる。1822年、1823年、1824年、ベートーヴェンの晩年を丁寧に年代順に並べながら、そこに晩年のベートーヴェンの心境を浮かび上がらせるような、大きな物語を見せてくれるシフ。この展開に大いに惹き込まれ、深く共感を誘う。
という構成ばかりでなく、当然ながら、演奏そのものでも魅了して来るシフ... このマエストロならではの澄んだタッチが、ベートーヴェンの晩年を、ありのままに捉えて、思いの外、ピュアに響かせる。そういうピュアなベートーヴェン像をすくい上げられるからこそ、活きて来る楽器の差異... モダンのピアノ、ピリオドのピアノを用いるとなると、それだけで肩に力が入りそうだけれど、シフは驚くほどマイペースを貫き、どこか飄々とすらしていて... 同じ作品を繰り返すとなれば、その差異を強調したくなりそうだけれど、モダンでも、ピリオドでも、シフはシフのまま。シフらしいニュートラルな姿勢を極めて、それぞれのピアノに向き合う清々しさ。だからこそ、ナチュラルにベートーヴェンが響き出し、それぞれの魅力が無理なく引き出され、2つを並べることで、より大きな物語が語り出す。この感覚が、おもしろい。いや、とても感動的!単にディアベリ変奏曲を聴くだけでは得られない、何とも言えない余韻... それは、楽聖が至った心象に思えて来る。

LUDWIG VAN BEETHOVEN DIABELLI-VARIATIONEN
ANDRÁS SCHIFF


ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 Op.111
ベートーヴェン : ディアベリ変奏曲 Op.120

ベートーヴェン : ディアベリ変奏曲 Op.120
ベートーヴェン : 6つのバガテル Op.126

アンドラーシュ・シフ(ピアノ : 1921年製、ベヒシュタイン/1820年頃の製作、フランツ・ブロードマン)

ECM NEW SERIES/4810446




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