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「新しいモーツァルト」、サン・サーンスの歩みを辿るピアノ協奏曲。 [before 2005]

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前回、モーツァルトのピアノ協奏曲を、久々にじっくり聴いてみて、ふと思ったのだけれど、ハイドンが"交響曲の父"ならば、モーツァルトは"ピアノ協奏曲の父"ではないかなと... 改めてピアノ協奏曲の歴史を振り返った時、普段、当たり前のように聴いているモーツァルトのピアノ協奏曲が、実は黎明期の作品であって、クラシックの花形であるピアノ協奏曲の道筋を付けた重要な位置にあることに気付く(って、遅過ぎ?)。18世紀後半、チェンバロからピアノへの転換期、漠然と「鍵盤楽器のための協奏曲」だったところを、明確にピアノのための協奏曲を打ち出し、その表現を急発展させたモーツァルト。また、その表現には、その後を予見するところもあって驚かされる。いや、まさに"ピアノ協奏曲の父"だったなと... ということで、父の遺産を受け継いだ19世紀のピアノ協奏曲、「新しいモーツァルト」と呼ばれた作曲家、サン・サーンスのピアノ協奏曲を聴いてみようと思う。
ということで、hyperionの"The Romantic Piano Concerto"のシリーズから、スティーヴン・ハフのピアノ、サカリ・オラモの指揮、バーミンガム市交響楽団の演奏で、サン・サーンスのピアノ協奏曲、全5曲に、ウェディング・ケーキ、幻想曲「アフリカ」、オーヴェルニュ狂詩曲など、ピアノのための協奏的作品までを網羅した2枚組(hyperion/CDA 67331)を聴く。

モーツァルトが逝って、半世紀が過ぎた頃、わずか10歳にして、そのモーツァルトの15番のピアノ協奏曲(それと、ベートーヴェンの3番も!)を弾き、コンサート・デビューを果たしたサン・サーンス(1835-1921)。モーツァルトに負けない神童っぷりは、「新しいモーツァルト」として称賛される。1848年、13歳でコンセルヴァトワールに入学し、作曲とオルガンを学び、優秀な成績を収めると、18歳で、由緒ある、パリ、サン・メリー教会のオルガニストに就任。その5年後、1858年には、パリにおけるオルガニストの最高峰、マドレーヌ寺院のオルガニストとなり、フランス楽壇のエリート・コースを邁進... そうした中、作曲された1番のピアノ協奏曲(disc.1, track.1-3)。19世紀に入り、すっかりオペラにバレエと、劇場での音楽に傾倒してしまったフランス音楽、コンサートで取り上げられる作品は、ドイツ―オーストリアのものが定番... という状況に挑んだ、サン・サーンスの最初のピアノ協奏曲は、フランス音楽にとって貴重な一曲となるも、当時のフランス人が得意としない音楽を器用に作曲してみせたサン・サーンスは、ドイツかぶれというレッテルを貼られてしまう。実際、『タンホイザー』の上演(1861)のためパリを訪れていたワーグナーと会っており、若きサン・サーンスは、ワグネリアンの先駆けでもあったよう。
というあたりを感じさせる、1番、1楽章(disc.1, track.1)の冒頭... ワーグナーの楽劇を思わせるホルンの音が聴こえて来て、まさにワグネリアン!その後には、メンデルスゾーンあたりの、きちんとした瑞々しいロマン主義が続いて、ドイツかぶれと言われてしまうのも仕方なしか... とはいえ、フランスらしい劇場を彩るような花々しさも窺えて、ドイツ―オーストリアの確かな型枠に、フランスのエスプリを巧みに薫らせる妙。特に終楽章(track.3)の華やかさは、ドイツ―オーストリアには無い、花の都、パリならではの気分かなと... という1番から10年を経た1868年、パリで初演された2番(disc.1, track.4-6)は、ちょっとフランス人らしからぬ劇的な展開を見せ、終楽章(disc.1, track.6)の激しいタランテラでは、リストを思わせるデモーニッシュさがあり、優等生、サン・サーンスらしからぬ魅力に惹き込まれる。翌、1869年に作曲された3番(disc.1, track.7-9)では、また趣を異にし、1楽章(disc.1, track.7)の序奏、ピアノによる美しいアルペッジョと、そこから沸き立つようにオーケストラがテーマを奏でるあたりは、印象主義を予感させ、幻想的... ドイツ―オーストリアの影響下からスタートしながらも、いろいろ模索しながら独自性を模索する、ここまでのサン・サーンスの歩みは、なかなか興味深い。
さて、フランスの音楽シーンが、大きく修正される時がやって来る。普仏戦争(1870-71)による、あまりに呆気無い第二帝政の終焉(まさかのフランス皇帝が捕虜!)と、混乱(パリ・コミューンの暴走... )、そして屈辱的な敗戦(プロイセン王はヴェルサイユ宮に乗り込み、ドイツ皇帝に即位!)... これにより、フランスでは、にわかにナショナリズムが興隆。その波は楽壇にも広がり、フランス人作曲家の器楽作品を取り上げ、紹介する組織、国民音楽協会が誕生。サン・サーンスは、その中心的な役割を担い、反ドイツ的な姿勢を強める。そうして、1875年に作曲された4番(disc.2, track.1, 2)は、フランクの循環形式を用い、全体に強い一体感を持たせ、それまでとは一味違う雄弁さが印象的。フランスのピアノ協奏曲の在り方に、サン・サーンスとしての答えをそこに見出せる気がする。という4番から21年を経た1896年、サン・サーンスのデビュー50周年で披露されたのが、最後のピアノ協奏曲、5番(disc.2, track.3-5)。で、フランスならではのエキゾティシズムに彩られた2楽章(disc.2, track.4)によって、「エジプト風」とも呼ばれるのだけれど、それは安易なエキゾティシズムに流されることなく、アルベニスを思わせる瑞々しさを湛え、より魅惑的... 20世紀を目前としたセンスが息衝いている。
そんなサン・サーンスの歩みを、ハフのピアノで聴くのだけれど... まず、ハフらしい小気味良く軽快なタッチが、サン・サーンスの摸索を克明に浮かび上がらせて、なかなか興味深い。ドイツかぶれから、パリの劇場を思わせる少し軽薄な花やかさ、循環形式によるフランス流のロジカル、プレ・モダンに囲まれて新しい潮流に卒なく乗れてしまうあたりまで、活き活きと繰り出して、その音楽のヴァラエティに富む姿をすっかり楽しませてくれる。何より、ハフ自身が楽しんでいるようで、またそうすることで、フランスの粋、エスプリが引き立ち、素敵!そんなハフのピアノと、息の合った演奏を聴かせる、オラモ、バーミンガム市響。サン・サーンスの歩みを屈託無く、カラフルに鳴らして、ポップですらあるのか... だからこそ、全5曲、ワクワクしながら一気に聴き進められてしまう。そうして知る、サン・サーンスの音楽の多様さ、様々なセンスで織り成され、変遷して行くおもしろさ... という5つのピアノ協奏曲を追えば、フランス音楽の再生の歩みも浮かび上がり、そういうピアノ協奏曲を聴けば、サン・サーンスがフランスにおける"ピアノ協奏曲の父"にも思えて来る。

SAINT-SAËNS The complete works for piano and orchestra
STEPHEN HOUGH ・ CBSO / SAKARI ORAMO


サン・サーンス : ピアノ協奏曲 第1番 ニ長調 Op.17
サン・サーンス : ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 Op.22
サン・サーンス : ピアノ協奏曲 第3番 変ホ長調 Op.29
サン・サーンス : ウェディング・ケーキ Op.76

サン・サーンス : ピアノ協奏曲 第4番 ハ短調 Op.44
サン・サーンス : ピアノ協奏曲 第5番 ヘ長調 Op.103 「エジプト風」
サン・サーンス : オーヴェルニュ狂詩曲 ハ長調 Op.73
サン・サーンス : アレグロ・アパッショナート 嬰ハ短調 Op.70
サン・サーンス : 幻想曲 ト短調 「アフリカ」 Op.89

スティーヴン・ハフ(ピアノ)
サカリ・オラモ/バーミンガム市交響楽団

hyperion/CDA 67331




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