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1779年、悪戦苦闘の日々を振り返り、23歳、モーツァルト。 [before 2005]

1770年代のモーツァルトは、厄年っぽいところがある。1770年、ミラノで『ポントの王、ミトリダーテ』が大成功するも、1771年、モーツァルト父子の活躍を後押ししていたザルツブルク大司教、シュラッテンバッハ伯が世を去り、新しい大司教、コロレド伯は、本来、ザルツブルクの宮廷楽師であるモーツァルト父子の宮廷の外での活動を良く思っておらず、その活動は、これまで通りというわけには行かなくなる。さらには、マリア・テレジアがモーツァルト父子を快く思っておらず、ハプスブルク家の支配下にある場所での活動に影が差す。一方、モーツァルトは、1770年代後半、20代となり、音楽の都、パリを目指す!が、グルックのような巨匠が凌ぎを削る場に、20代の若手がすんなり受け入られることはなく、「パリ」交響曲(1778)こそ成功するも、父に代わり同行していた母の死もあり、パリを後にする。そんなモーツァルトが就職したいと願ったのが、パリへの旅の途中にあった街、マンハイム... 古典主義を牽引するマンハイム楽派にすっかり心酔し、マンハイムも若い才能を歓迎、相思相愛?かと思いきや、マンハイムの宮廷がミュンヒェンに移ってしまい、就職先が消滅。結局、ザルツブルクがモーツァルトの居場所となる。そんな、ままならない1770年代の最後、1779年のモーツァルトを見つめる。
ということで、寺神戸亮のヴァイオリン、シギスヴァルト・クイケンのヴィオラ、ラ・プティット・バンドの演奏による、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲(DENON/COCO-78837)と、トン・コープマン率いる、アムステルダム・バロック管弦楽団と合唱団による、戴冠ミサ(ERATO/0630-10705-2)の2タイトル... モーツァルト、ままならなかった1770年代の集大成を聴く。


パリの日々を呑み込んで... ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲。

COCO78837
音楽の都、パリの扉は開かれず、古典主義のユートピア、マンハイムは幻と消え... そうして帰って来た故郷、ザルツブルク。華やかで刺激的な場所を知ってしまった若者に、ザルツブルクは辺鄙で閉塞的な街に映ったのではないだろうか?しかし、そういう場所に身を置き、多くを学んだ日々を反芻することで、音楽はより豊かに羽ばたき始めるのかもしれない。1779年、ザルツブルクで作曲された名曲、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲(track.1-3)を改めて聴いてみると、華やかなパリの香りがする。そもそも"協奏交響曲"というスタイルが、当時、パリで人気のスタイル... そんなスタイルをあえてザルツブルクで持ち出したのは、パリの思い出を留めるためだろうか?華麗なパリの音楽シーンの一方で、報われない日々と母を失った哀しみ... ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲に、どんな背景があるのかは、あまりよくわかっていない。が、そこから響き出すサウンド、メロディーを追っていると、モーツァルトのパリの日々が、浮かび上がるような気がする。
まず、1楽章のオーケストラによる序奏の華やかさに魅了される。いや、この感覚、パリ!「パリ」交響曲に通じる、パリ好みのゴージャスな響きにワクワクさせられる。そのゴージャスさの中から、まるでそよ風が吹くように姿を現す、ヴァイオリンとヴィオラ!それは、ザルツブルクの、アルプスから吹いて来る爽やかな風だろうか... オーケストラの充実した響きに対し、モーツァルトらしい伸びやかな旋律を奏でるヴァイオリンとヴィオラは、絶妙なコントラストを描いて、素敵。で、ふと、そのコントラストに、モーツァルト自身の姿が重なるような気がして... パリの街=オーケストラと、そこを訪れたモーツァルト母子=ヴァイオリンとヴィオラ... という風にこの作品を捉えると、モーツァルトの心象が音楽に透けて見えて来る?となると、この作品の白眉、2楽章(track.2)の沈鬱な表情は、母へのレクイエム?そんな人間的な表情に、ひとりの青年として愛おしくなってしまう。が、やがて哀しみも思い出に回収され、全てを呑み込んだ音楽を聴かせる3楽章(track.3)。大人になったのだな...
と、思わせてしまう、豊かな音楽を奏でる、寺神戸のヴァイオリン、シギスヴァルトのヴィオラ、ラ・プティット・バンドの演奏。ピリオドらしい明快さに彩られながら、思いの外、素直な演奏を繰り広げていて... そうすることで、モーツァルト自身が、その音楽から、当時の様子を語り出すような、独特の雄弁さがあって、おもしろい。で、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲の後には、シギスヴァルトが楽器をヴァイオリンに持ち替えて、3番のヴァイオリン協奏曲(track.4-6)を取り上げるのだけれど、こちらは、1775年の作品、パリ前のモーツァルトの無垢な表情を訥々と繰り出し、パリ後の華やかにして痛みを知ったサウンドと比べると、興味深い。そして、そこに、モーツァルトの成長を見出し、感慨が広がる。

W・A・モーツァルト:協奏交響曲/ヴァイオリン協奏曲第3番
S・クイケン/寺神戸 亮/ラ・プティット・バンド


モーツァルト : ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364(320d)
モーツァルト : ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216

寺神戸 亮(ヴァイオリン)
シギスヴァルト・クイケン(ヴィオラ/ヴァイオリン)
シギスヴァルト・クイケン/ラ・プティット・バンド

DENON/COCO-78837




ザルツブルクから、明日へと踏み出す... 晴々しく、力強い、戴冠ミサ。

0630107052
やはり、1779年に作曲された戴冠ミサ(track.1-6)。それは、ザルツブルク大司教の宮廷楽師として、職務として生み出された教会音楽。パリ、マンハイム、華やかな音楽シーンから遠く離れ、自らの境遇を思い知らされる教会音楽は、モーツァルトにとって、どんなものだったろうか?なんて、いろいろ思いを巡らしてしまうのだけれど、戴冠ミサは、思いの外、晴々しい!いや、戴冠ミサというくらいだから、晴々しくて当たり前か... ところで、誰の戴冠式のために作曲されたのだろう?なんて思っていたら、作曲されてから随分と経った、1791年、神聖ローマ皇帝となったレオポルト2世が、チェコの王に即位するにあたり、プラハでの戴冠式で歌われたからそう呼ばれるとのこと... つまり、作曲当時のモーツァルトには、戴冠云々の意識はまったく無かったわけだ。が、何か晴々しい戴冠ミサ... 改めて聴いてみると、その晴々しさが、とても興味深く感じられる。パリでの母を失った哀しみ、結局、ザルツブルクで働くしかない現実... そうした哀しみ、現実を受け入れてのものなのかなと...
始まりのキリエの荘厳さは、ちょっとベートーヴェンのミサ・ソレニムスを思い起こさせるスケール感もある?続くグローリア(track.2)の、空に羽ばたくような力強いコーラスは、ザルツブルクで燻っているような音楽じゃない!そこから、たたみ込むように聴く者を惹き込むクレド(track.3)が続いて、輝かしいばかり!が、最後のアニュス・デイ(track.6)、やさしくソプラノ・ソロが歌い出すと、それまでの輝かしさはスーっと落ち着いて、まるで子守唄のような温もりに満ちた音楽に包まれる。それは、モーツァルトの幼い頃の記憶だろうか?この温もりに触れてしまうと、もう全てを持って行かれてしまう。その温もりの中から聴こえ出す、ドナ・ノービス・パーチェム、我らに平和を与えたまえ... 1770年代を悪戦苦闘して来たモーツァルトの願い?静かな歌い出しから、じわりじわりと訴え掛けるように力強さを増し、感動的なフィナーレへ... 何だろう、心が揺さぶられる力強さ... 1770年代を呑み込んで、1780年代、明日へと踏み出そうとする、若き作曲家の背中が見えた気がする。
という、戴冠ミサを、活き活きと聴かせてくれるコープマン+アムステルダム・バロック管と合唱団。コープマンらしい朗らかで快活なアプローチが、輝かしくも、どこか気の置けない雰囲気を放ち、共感せずにいられない音楽を紡ぎ出す。ソリストたちも、丁寧に、それでいて瑞々しく歌い、素敵。で、戴冠ミサの後には、アヴェ・ヴェルム・コルプス(track.7)、エクスルターテ・ユビラーテ(track.14-17)の定番に、証聖者の盛儀晩課(track.8-13)のような、マニアックな作品も取り上げて、乙。いや、この作品もまた、ザルツブルクでの職務を象徴する作品なわけだけれど、そうした中に、思い掛けない煌めきを掘り起こすコープマン... 何気ないところにこそ、モーツァルトの天才性は潜んでいることを教えてくれるかのよう。

MOZART : KRÖNUNGSMESSE/TON KOOPMAN

モーツァルト : ミサ ハ長調 K.317 「戴冠ミサ」
モーツァルト : モテット 「アヴェ・ヴェルム・コルプス」 K.618
モーツァルト : 証聖者の盛儀晩課 K.339
モーツァルト : モテット 「エクスルターテ・ユビラーテ」 K.165

バルバラ・シュリック(ソプラノ)
エリーザベト・フォン・マグヌス(アルト)
ポール・アグニュー(テノール)
マタイス・メスダッハ(バス)
トン・コープマン/アムステルダム・バロック管弦楽団、同合唱団

ERATO/0630-10705-2

モーツァルト、悪戦苦闘の1770年代から、輝かしき1780年代へ...
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