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地中海を巡って、古代の記憶、イタリアからコルシカ島へ... [before 2005]

オリンピックもあとわずか... 何だかあっと言う間のように感じるし、開会式がもの凄く遠くにも感じられる。いや、それだけ濃密な日々でした。で、4年後が東京だからなのか、いつもより見入ってしまった観があって... 見入らずにいられない試合ばかりで... ウーン、みんな凄い!ひとつの競技に、ただただストイックに取り組んで来て、その勝負の瞬間へと向かって行く。それは、とても輝かしくあり、場合によっては残酷にも感じられ、勝っても、負けても、ただならない感動を呼び起こす。嗚呼、何て夏なのだろう。もう睡眠と心を掻き乱される日々の刺激的なこと!これって、オリンピック中毒かも... となると、オリンピックが終わった後が恐い... なんてことは置いといて、音楽です。この夏、近代音楽をガッツリ聴いて来たので、ちょっと気分を変え、古い音楽を聴いてみようかなと... それも、ただ古いんじゃない、古代の残照を探って、民俗音楽的な世界へと踏み込んでみる。
古楽で活躍するソプラノ、パトリツィア・ボヴィと、コルシカのトラッドをベースに持つヴォーカリスト、ジルベルテ・カサビアンカによるコラヴォレーション、ルネサンス期に採譜されたイタリアのトラッドを歌うアルバム、"trace"(OPUS 111/OP 30333)。マルセル・ペレス率いる、古楽ヴォーカル・アンサンブル、アンサンブル・オルガヌムが、バロック期に綴られたコルシカ島の聖歌を歌うアルバム、"CHANT CORSE"(harmonia mundi FRANCE/HMC 901495)の2タイトルを聴く。


"trace"、採譜されたトラッドの、古代の臭い、中世のカラーと、その後への予感...

OP30333
14世紀から15世紀に掛けて採譜された、それまで口承により受け継がれて来たイタリアのトラッドを、古楽のソプラノと、トラッドのヴォーカリストで歌う、"trace"。トラッドではあるのだけれど、バラード、ラウダ、マドリガーレなど、中世からルネサンスに掛けてのポピュラーな音楽スタイルを採り、2声によってポリフォニックにも展開されるナンバーは、中世の音楽を意識させられ、またそこにトレチェントの音楽(14世紀のイタリアにおける、イタリア流に歌謡性が重視された音楽... )も取り上げられ、トラッドから興味深い広がりも見せる。そうした合間に、コルシカ島の民謡(中世期、ピサ共和国の影響下に置かれ、イタリアから音楽的影響を受けたと考えられる?)が、カサビアンカによって歌われるのだけれど、その民謡としての剥き出しの姿に、かつてのイタリアのトラッドの在り様を見出すようで、おもしろい。特に、2曲目、コルシカ島の民謡、"culomba amata"(track.2)のメロディーが、そのすぐ後に歌われる、バラード"dolce lo mio drudo"(track.3)の中から聴こえて来ると、イタリアの音楽の原風景というものを掴めた気さえする。しかし、コルシカ島の民謡の大地に根差した歌いの迫力は、古代の地中海文化の残照を思わせて、ただならない。一方、イタリア中部、ウンブリア地方の民謡、"alla metitora"(track.6)も歌われるのだけれど、コルシカ島とは趣きを変え、牧歌的なあたりが印象的。またそこには、現在に至るイタリアの音楽の明快さが感じられ、バロック期に始まるイタリアの歌の花やかさの源泉を見つけた思いに...
古代の名残りを思わせるコルシカ島と、現代へとつながる、歌の国、イタリアの性格を示すウンブリア地方の民謡、そして、ルネサンス期に採譜によって形を整えられたイタリアのトラッドの、中世の音楽そのものの在り様... それぞれのトレースが交錯し、思い掛けない音楽の地平が浮かび上がる、"trace"。グレゴリオ聖歌に始まる西洋音楽史とは違う、音楽の歩み、広がりをすくい上げ、目を見開かされるよう。また、どこかオリエンタルなメリスマを効かせた歌い方などに触れると、初期バロックのオペラを予感させるところもあり、驚かされる。古代以来の長い歌の蓄積があって、オペラにもつながったと考えると、音楽史はまた違った様相を呈して来るのかもしれない。いや、音楽とは、実にオーガニックなものなのだなと思い知らされる。記譜という技術が存在しない頃から歌は歌われ、それが連綿と受け継がれて、"trace"に収められたナンバーへと辿り着く。さらにそこには、我々が生きる21世紀へとつながる音楽がすでに存在しているというスケールの大きさ... で、たった2人の歌声が、そういうスケールを響かせてしまうという驚き... ボヴィ、カサビアンカの鮮烈なパフォーマンスに圧倒される!
民謡を前にして、野卑さを出して歌うことを恐れないボヴィ(時折、叩かれるタンブーランも最高のアクセントに!)、アルス・スブティリオルの作曲家、アントネッロ・デ・カゼルタのナンバー(track.7)を落ち着いて歌いまとめるカサビアンカ。古楽とトラッドという、それぞれのフィールドを背景にしつつも、縦横無尽の歌いで、互いのフィールドに鮮やかに対応し得る柔軟性には驚かされる。また、それぞれに違う背景を持っているからこそ、それぞれの異なるトーンを重ねて生まれる広がり、深さ... そうして、民謡も、採譜されたトラッドも、トレチェントの音楽も、彼女たちの大きな懐に呑み込んで、古代から底流する歌の魂を呼び覚ます。古代の臭い、中世のカラーと、その後への予感... たった2人にして、"trace"は、壮大。

TRACE Patrizia Bovi Gilberte Casabianca

アンドレア・ステファニ : バラード "I' senti matutino"
コルシカ島の民謡 "Culomba amata"
バラード "Dolce lo mio drudo"
コルシカ島の民謡 "Tribbiera"
バラード "Donna fallante"
ウンブリア地方の民謡 "Alla metitora"
アントネッロ・デ・カゼルタ : バラード "Con dogliosi martiri"
バラード "Strenci li labri"
ブレーラのスターバト・マーテル
ラウダ "Ogn'om m'entenda"
ラウダ "Alzando gli ochi"
ラウダ "Misericordia altissimo dio"
カロンザナのスターバト・マーテル
ロレンツォ・マジ : バラード "Non so qual'i mi voglia"
マドリガーレ "Su la rivera"
ピエロ : カッチャ "Cavalcando con un giovine accorto"
バラード "E vatende segnor mio"

パトリツィア・ボヴィ(ソプラノ, タンブーラン)
ジルベルテ・カサビアンカ(ヴォーカル)

OPUS 111/OP 30333




"CHANT CORSE"、古代、地中海文化の記憶を探って、コルシカ島から響く聖歌...

HMC901495
17世紀から18世紀に掛けてのフランチェスコ会の手稿譜に綴られた、コルシカ島の聖歌を歌う、"CHANT CORSE"。コルシカン・ポリフォニーとして知られるコルシカ伝統の多声音楽の形を採った聖歌(track.1-7)、そしてレクイエム(track.8-15)を、ア・カペラで歌い上げるのだけれど、ペレス+アンサンブル・オルガヌムは、さらに、コルシカン・ヴォイスとして知られるコルシカ島の民俗音楽に根差した地声による独特のコーラスで再現... それはもう、古楽というより、ワールド・ミュージックの様相を呈する。が、"trace"同様に、グレゴリオ聖歌に始まる西洋音楽史を越えた、よりスケールの大きい歌いの歴史を繰り出すようで、圧巻!何より、中世の多声音楽とは明らかに異なる、コルシカン・ポリフォニーが生み出す独特なトーン... けして複雑には展開せず、ホモフォニックなところも見受けられるシンプルさは、ドローンに特徴付けられるビザンツ聖歌を思わせて、グレゴリオ聖歌に取って代わられる古ローマ聖歌との距離の近さを感じなくもない。そうしたあたりから、地中海の島に残った古代の地中海文化の記憶を"CHANT CORSE"からは感じ取れるよう。これまでの音楽史では捉え切れなかった部分、古代と中世が如何につながっていたかを探る試みとしてのコルシカ島の聖歌ということだろうか?単に音楽史を追うだけでは見えて来ないものを、民俗音楽から復元しようとするペレスのスタンスは、とても刺激的だ。
それにしても、何と深く、重みのある歌声だろう... 西方の清廉な聖歌とは一線を画す、東方的なマッドなハーモニー、仄暗い中にも鮮やかなサウンドを織り成す独特な色彩感に包まれると、コルシカ島の独自の文化というものを、強く印象付けられる。グレゴリオ聖歌から発展させた西方の教会音楽のサウンドが、空気を震わせる繊細さを持つとするなら、コルシカ島の聖歌は、地を伝って聴く者の身体そのものを震わせるよう。アンサンブル・オルガヌムは、まるで大地を共鳴させて声を発するかのようで、異様にも感じられる迫力を放ち、聴く者を圧倒して来る。また、端々に飾られるオリエンタルなメリスマが効いていて、それが呪術的に感じられ、初期キリスト教のプリミティヴさのようなものをイメージさせる。一方で、素朴でもあって、不思議。とてつもないスケールを感じさせながら、気の置け無さも漂わせるという、一筋縄では行かない音楽... いや、こういう在り方が、地中海的?アルプスの北で、国際様式として整備されたグレゴリオ聖歌とは違う、古代から連綿と続く大地に根差した祈りの歌... そのあたりが呑み込めて来ると、遠い魂の記憶を揺さぶられるような、単に音楽を聴くに留まらない感情を刺激され、何だか泣けて来る。歌いつないで来た祈りの重みが、文化や宗教を越えて訴え掛けるのだろう。
それにしても、鬼才、ペレスのチャレンジングなあたりに感服するばかり。古楽から、けして視界が良好とは言えない民俗音楽へと踏み込んで、しっかりと歴史を探り当てるのだから、唸ってしまう。そんなペレスに、見事に応えるアンサンブル・オルガヌムの圧巻の歌声!古代を映し出しつつ、コルシカ島の素朴を屈託無く歌い切る。気を衒ったコーラスは、彼らの聴き所ではあるものの、それを、確信を以って形にして行く力は、並々ならない。そうして紡がれたハーモニーの聴き慣れなさに、最初こそ戸惑いを覚えるも、最後は何とも言えない熱っぽい温もりで、聴く者をしっかりと掻き抱き、力強く癒す。いや、中てられるかと思ったら、癒される!これが可能なのは、ペレス+アンサンブル・オルガヌムなればこそ!

CHANT CORSE / ENSEMBLE ORGANUM

Laeta devote
Kyrie eleison
Gloria in excelsis Deo
Sanctus
Paschalis Admirabilis
Tantum ergo sacramentum
Tota pulchra es Maria
レクイエム

マルセル・ペレス/アンサンブル・オルガヌム

harmonia mundi FRANCE/HMC 901495




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