SSブログ

喪失のウィーン、亡き子をしのび、ある天使の思い出を奏でる... [before 2005]

えーっと、リチャード・パワーズ著、『オルフェオ』の話しが続きます。でもって、この小説が、ツイッター文学賞、海外編、第4位に選ばれまして... いやー、こんなにもマニアック(とにかく、20世紀音楽の情報量が半端無い... )な本が選ばれるとは、ちょっと、びっくり... もちろん、小説として、おもしろいからなのだけれど... いや、本当におもしろかったのか?読んでいて、常に感じていたのは、某かの痛みだったような... 人生のままならなさ、音楽を選んでしまったがための、苦行にも似た道行き。何だか他人事ではなくて... しかし、音楽には、それだけの魔力がある。『オルフェオ』の主人公、ピーター・エルズのみならず、実際の多くの作曲家たちが、その魔力に取り憑かれ、苦悩しながら作品を生み出し、今に至るのが、音楽史なのだと思う。もちろん、作曲家ばかりでなく、我々、聴き手もまたしかりで... そんな風に見つめると、音楽というものが、とてもつれないものに感じてしまう。それでいて、切なくなってしまう。で、それを知らしめてくれるのが、『オルフェオ』なのかも...
さて、前回に続いて、『オルフェオ』に登場する作品を聴いてみる。って、これをやり出すと、切りがなくなりそうで怖いのだけれど... 今回は、ケント・ナガノの指揮、ハレ管弦楽団の演奏で、ディートリヒ・ヘンシェル(バリトン)が歌う、マーラーの歌曲集『亡き子をしのぶ歌』(TELDEC/8573-86573-2)と、クラウディオ・アバドの指揮、モーツァルト管弦楽団の演奏、イザベル・ファウストのヴァイオリンで、ベルクのヴァイオリン協奏曲(harmonia mundi/HMC 902105)を聴く。


マーラー、亡き子をしのぶ歌... それは、死への憧れが呼ぶ死の呪い?

8573865732.jpg
死んだ、愛犬、フィデリオを送るための音楽として、老作曲家が選んだのが、マーラーの『亡き子をしのぶ歌』。それは、レクイエムとしてではなく、生前、愛犬が、この作品に決まって反応(低く唸った... )を示したから、という奇妙な理由からなのだけれど... フィデリオは、ある種の音感があって、マーラーが革新へと踏み出して生まれた違和感に反応を見せていたらしい。音楽史など認識できない犬の耳だからこそ、常に新鮮な感覚で感知できた革新か?そして、物語は、老作曲家が、その革新に新鮮な思いをした、高校時代のドキドキした記憶を、マーラーの音楽に乗せ、たゆたうように蘇らせてゆく... を読みながら、ノスタルジーの中に浮かぶ、かつての革新が放った新鮮を手繰り寄せるように聴いてみる、『亡き子をしのぶ歌』(track.8-12)。ヘンシェルのナイーヴなバリトンが、狭い音域をにじり寄るように動く姿を見出すと、何とももどかしく、子を失った父の悲しみがジリジリと滲んで、何だか息苦しさを覚える。が、マーラーがこの歌曲集を作曲(1901-04)した頃、マーラーの2人の娘は健やかに育っていた。その母親、アルマは、不吉な歌の作曲を止めるよう、その父親に迫ったという... やがて、歌曲集は、リアルな悲しみから、メルヘンに包まれるような、"ウィーン世紀末"らしい夢見るトーンに溺れて行く。美しい音楽が、こどもの死を装飾するグロテスク。不幸をデザートのように供するマーラーの姿勢に、やはり音楽に取り憑かれた人物を見出す。そして、音楽に魅入られて生まれた歌曲集は、どうしようもない魅力を振り撒き始める。
ヘンシェルは、『亡き子をしのぶ歌』(track.8-12)の前に、『こどもの魔法の角笛』から7曲(track.1-7)を、最後に、リュッケルト歌曲集(track.13-16)を歌い、マーラーの表情豊かな歌の世界に、音楽に取り憑かれた人、マーラーのミクロコスモスを出現させる。諧謔的なナンバーを選んだ『こどもの魔法の角笛』の、その終わりで、少年鼓手(track.6)、死んだ鼓手(track.7)を置き、死が薄気味悪く頭をもたげたところで、『亡き子をしのぶ歌』(track.8-12)を歌い出す。そんな死の甘やかさに包まれた後には、甘く恋を歌ったリュッケルトの詩... しかし、死が、孤独が押し寄せ、それこそが、この上なく美しく表現される「私はこの世に捨てられて」(track.15)。全てを諦念の内に雄弁に締め括る「真夜中に」(track.16)。ワーグナーの楽劇を思わせる荘重さで、マーラーのミクロコスモスは閉じられる。ふと、振り返ると、マーラー自身が歌っていたのでは?と思える、独特の瑞々しさを湛えたヘンシェルの歌声。それは、作曲者の悲喜交々を映すかのようで、感じ入るばかり...
そんなヘンシェルの歌声に、鮮やかな背景を描き上げるケント・ナガノ、ハレ管!ケントらしい、作曲家に纏わりつく雰囲気を、一切、排除し、スコアのみに向き合う。そんなケントに、見事に応えるハレ管のサウンドの、清々しいほどにヴィヴィットなサウンド!マーラーから離れれば離れるほど、マーラーの音楽の鮮やかさが際立つ妙!久々に効くと、録音の良さもあって、圧倒される!

MAHLER: WUNDERHORN ・ KINDERTOTENLIEDER RÜCKERT-LIEDER
HENSCHEL ・ HALLÉ ORCHESTRA ・ NAGANO


マーラー : 歌曲集 『こどもの不思議な角笛』 から 7曲
マーラー : 歌曲集 『亡き子をしのぶ歌』
マーラー : リュッケルト歌曲集

ディートリヒ・ヘンシェル(バリトン)
ケント・ナガノ/ハレ管弦楽団

TELDEC/8573-86573-2




ベルク、ある天使の思い出に... そこに響くは、20世紀音楽の業か?

HMC902105
ピーター・エルズに『亡き子をしのぶ歌』を紹介するのが、高校のオーケストラでチェロを弾いていたクララ... ちなみに、ピーターはクラリネットを吹いている... で、クララがピーターに初めて声を掛けたのは、「ツェムリンスキーのクラリネット三重奏曲をどう思う?」だった。マーラーが、アルマを奪った、弟子、ツェムリンスキー... そして、『亡き子をしのぶ歌』の顛末(歌曲集の初演の2年後、マーラーは長女を猩紅熱で失い、アルマは夫から去り、マーラー自身もまた、逝った... )を、クララはピーターに説明する。その延長線上で取り上げられるのが、ここで聴く、ベルクのヴァイオリン協奏曲(track.1, 2)。アルマは、バウハウスを創設する建築家、グロピウスへと走り、1911年、夫の死後、すぐに再婚、やがて生まれたのが、マノン... マーラーにインスパイアされた新ウィーン楽派のひとり、ベルクは、この少女に、17歳の時、別荘の使用人に生ませた娘の姿を見ていたらしい... そんなマノンは、1935年、19歳の若さで亡くなり、ベルクはマノンのために、「ある天使の思い出に」という献辞を寄せて、ヴァイオリン協奏曲を書いた。が、皮肉にも、ベルク自身にとっても、この作品が白鳥の歌となる。
『亡き子をしのぶ歌』以後の、まるで呪いのような数々の死と、それに応えるように作曲された「ある天使の思い出に」。その音楽は、12音技法と"ウィーン世紀末"の記憶のキメラであって、響いて来る音色は異様... どことなしに呪術的ですらある。ベルクは、「ある天使... 」を、自らの音楽で蘇らせようと企てたのか?それは、フランケンシュタイン博士の行為を思い起こさせる執着にも感じる。またそこには、ベルク自身の記憶も籠められていて、1楽章、抽象の中に浮かび上がるケルンテンの民謡に、ベルク、17歳の時の経験(先に書いた通りの、ケルンテン地方にあったベルク家の別荘にてのこと... )が、センチメンタルに、時にシニカルに読み込まれ、そこには、悔恨も滲むのか... 続く、2楽章(track.2)では、ハンナ・フックス・ロベッティンとの不倫の恋も織り込まれ、まさにフロイト的世界が繰り広げられる。こういう一筋縄では行かない様相に、20世紀音楽の業のようなものを感じてしまう。いや、これ以上なく、人間的な音楽と言えるのかも。そこに、コラールが現れ、その祈りの旋律が、業を解かすのか... が、再び、艶やかなロマンティシズムが引き出され、聴く者を眩惑して来る。
という、ベルクの難曲を、濃厚に鳴らすファウスト!思いの外、情念渦巻いて、ガッツリ弾き切っていることに、驚きを覚えつつ、そうすることで、ベルクが抱える闇やら、甘い記憶やら、時代の臭いやらが、うわっと広がり、息苦しくなりさえする。いや、音楽の魔性を突き付けられる。その魔性に踊らされ、死へと至る男たちの愚かしさを、ファウストは、ファム・ファタル然とし、運命の女神のように、事も無げに操るようで、おもしろい。そこに、若い才能をフルに駆って、鮮烈さを撒き散らすようなアバドにも驚かされ... すると、ベルクの音楽の表現主義的な性格が、これでもかと鳴り響き、圧倒される。

BERG ・ BEETHOVEN VIOLIN CONCERTOS ISABELLE FAUST

ベルク : ヴァイオリン協奏曲 「ある天使の思い出に」
ベートーヴェン : ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61

イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)
クラウディオ・アバド/モーツァルト管弦楽団

harmonia mundi/HMC 902105



参考資料。




nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。