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第2次世界大戦、捕虜収容所から、広島へ... [before 2005]

さて、本の話しが続くのだけれど、取り上げたかった一冊。20世紀音楽史の中に、ある架空の作曲家の人生を巧みに創り出した興味深い小説、リチャード・パワーズ著、『オルフェオ』。愛犬の死に遭遇した老作曲家の寂しげな場面から始まるのだけれど、その老作曲家にうっかりバイオ・テロの容疑が掛けられて、物語は大きく動き出す。が、その物語、オルフェオ?というより、ウリッセじゃない?20世紀、革新の荒波の中を進まねばならない音楽の旅路の記録であり、その中を果敢に歩んだひとりの作曲家の孤独な人生の旅であり、その果てのテロ容疑者としての逃亡の旅がひとつに撚られて、ポリフォニックに展開されながら、還るべき場所へと還る、オデュッセイア。旅=人生=音楽史というのは、なぜにこうも切なく、時として苦い思いをもたらすのだろう?
そんな『オルフェオ』を彩る音楽の数々!モーツァルトの「ジュピター」から、レディー・ガガの「バッド・ロマンス」まで、驚くべき幅の広さに舌を巻く... もちろん、老作曲家の人生の歩みと重なる、20世紀の音楽こそがメインなのだけれど、小説の中で鳴り響く音楽は、どれも魅力的。そこで、『オルフェオ』に登場する作品を、実際に聴いてみようかなと... タッシによる、メシアンの世の終わりのための四重奏曲(RCA GOLD SEAL/09026-68908-2)と、アントニ・ヴィトが率いていた、ポーランド国立放送交響楽団の演奏で、ペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」(NAXOS/8.554491)を聴く。


世の終わりのための四重奏曲。第2次大戦、メシアン、捕虜収容所のシュール...

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メシアンの世の終わりのための四重奏曲(track.1-8)。『オルフェオ』では、特に印象的に、その作品が生まれる過程をつぶさに追う... いや、小説になるほど、この作品の背景は極めてドラマティックで... 第2次大戦、ナチス・ドイツの捕虜収容所で作曲された異色の四重奏曲は、そこに居合わせたフランス軍の捕虜、作曲者を含めた4人の音楽家による、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネットという、特異な編成で奏でられる。何より、その厭世的なタイトル!第2次大戦の惨禍の只中で生まれたことを如実に物語るタイトルには、20世紀が如何に困難な世紀だったかを思い知らされる。一方で、この20世紀の室内楽を代表する傑作が、ナチス・ドイツの将校たち(ドイツ人は音楽好き... )の奔走で初演に漕ぎ付け、普段、近代音楽など聴いたこともないようなフランス軍の捕虜に向けて初演されたという奇妙な光景が、活き活きと『オルフェオ』には描かれる。戦時下の非日常が生み出す、何ともシュールな光景... そこに鳴り響いていた音楽を聴けば、そのシュールさはより際立つ。
メシアンらしい鳥のさえずりがあちこちから聴こえて来て、心を和ませるものもあるが、それが旋律として奏でられると、何とも言えずアブストラクトであって、モダン・エイジの無邪気さは過去のものとなり、謎めく音の連なりが、秘儀的な装いを見せ、やがてそこに、美しく穏やかな天国の幻視が表れる。第5曲、イエズスの永遠性に対する頌歌(track.5)の、ピアノの優しい伴奏に伴われてチェロが歌う、仄暗くも穏やかな旋律には、深い癒しがあり、最後、第8曲、イエスの不滅性への頌歌(track.8)の、ヴァイオリンが奏でるアンビエントな美しさには、過去への郷愁が広がるのか... 収容所という厳しい状況下で生まれたその音楽は、正気と狂気が交替するようで、そこに、戦争のリアルを見出し、抽象的だからこそ、直に戦争のシュールに触れ得るよう。
そんな、世の終わりのための四重奏曲の録音を切っ掛けに誕生した、伝説のアンサンブル、タッシ。ピーター・ゼルキン(ピアノ)、カヴァフィアン(ヴァイオリン)、シェリー(チェロ)、ストルツマン(クラリネット)という、戦後世代の音楽家たちが、クラシックのスノッブさから抜け出し、ヒッピー的な態度で以って飄々と音楽を繰り出す。今となっては、それすら音楽史となってしまったけれど、音楽に新たな風を吹かせた「若さ」は、この録音にしっかりと刻まれていて、今以ってしても新鮮!戦争を知らないこどもたちの音楽... だろうか?メシアンのシュールを、さらりと奏でていて、思い掛けず、ライトな仕上がり。なればこそ、克明に音楽そのものが際立ち、シュールさが引き立つ。そして、そのシュールさにこそ、戦争のリアルを浮かび上がる妙。巧い。
ところで、『オルフェオ』では、収容所で書かれた傑作を、逃亡中の老作曲家が老人ホームで解説するという捻りを効かせる。これまたシュールな光景であって... 老い先短い人たちが、ある意味、現代社会の収容所とも言える場所で、世の終わりのための音楽を聴くだなんて、ブラック過ぎる!しかし、この傑作が初演された時の気分に迫れるのは、彼らこそ、なのかも...

MESSIAEN ・ QUATUOR POUR LA FIN DU TEMPS & TAKEMITSU ・ QUATRAIN II / TASHI

メシアン : 世の終わりのための四重奏曲
武満 徹 : カトレーン II

タッシ
ピーター・ゼルキン(ピアノ)
アイダ・カヴァフィアン(ヴァイオリン)
フレッド・シェリー(チェロ)
リチャード・ストルツマン(クラリネット)

RCA GOLD SEAL/09026-68908-2




広島の犠牲者に捧げる哀歌。ペンデレツキ、社会主義リアリズムとの折り合い...

8554491
ペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」(track.6)。『オルフェオ』では、逃亡中の老作曲家が、ハイウェイのサービス・エリアに車を止め、一夜を明かし、そこで聴こえる騒音を、ペンデレツキの代表作に例えるのだけれど... つまり、騒音なのか?「広島の犠牲者に捧げる哀歌」... トーン・クラスター、あらゆる音(実際には、作曲家が指定した、ある音とある音の間にある全ての音... スコア上では、黒く塗りつぶされた長方形で表現される... )が一斉に鳴らされ、音の塊となって、聴く者に迫って来る。未来派の騒音音楽の延長線上にある音楽だろうか?ルーツは、カウエル(1897-1965)、アイヴズ(1874-1954)といったアメリカの作曲家に遡り、戦後、ヨーロッパで花開き、シェルシ(1905-88)のノイジーなサウンド、リゲティ(1923-2006)のサイケデリックなサウンドなどを生む。そうした中、ポーランドの新たな時代を担う作曲家として注目されていた、若きペンデレツキが1960年に作曲した「広島の犠牲者に捧げる哀歌」は、トーン・クラスターを用いた代表作として、その後の"ゲンダイオンガク"に大きな影響を与える。で、日本人としては、そのタイトルに注視せずにはいられないわけで...
が、しかし、この作品のオリジナルのタイトルは「8分37秒」。ケージの「4分33秒」のような、何とも素っ気ないタイトルだったという事実。共産圏にあったポーランドの、抽象芸術への制約(スターリンが死に、フルシチョフの登極で「雪解け」が実現していたものの、社会主義リアリズムこそであって... )から生まれたのが、20世紀における近代戦争、最大の惨禍であろう原爆投下という、具体的な事象を用いたタイトルにつながる。ま、後付けであって、抽象芸術保護の免罪符のようなものであったことを知ると、かなりガックリさせられる。が、そうあらねばならなかった20世紀の厳しい実情も目の当たりにされるわけで、何とも複雑... 一方で、そこに響くトーン・クラスターは、1945年の広島の惨状を克明に捉えるようで、鮮烈で、暴力的で、衝撃的。もはや音楽と言えるような体を成していないことが、その時の恐怖を雄弁に物語ってしまう。そんな、革新こそが全てだった戦後「前衛」も、やがて飽和状態を迎え、音楽は行き先を見失ってしまう。ペンデレツキもまたしかりで、1曲目に取り上げられる、1988年から95年に掛けて作曲された3番の交響曲(track.1-5)の、伝統回帰っぷりには驚いてしまう。社会主義が崩壊した後に、新ロマン主義を用いて、ショスタコーヴィチの延長線上を歩むような交響曲を作曲し、社会主義リアリズムを補完するのか?その皮肉が、かえって新鮮さを生んでいるからおもしろい。
というペンデレツキの人生を網羅するようなアルバムを編む、ポーランドを代表するマエストロ、ヴィト。このマエストロならではの明晰さが、ペンデレツキの抽象をきっちりと整理し、トーン・クラスターは清冽に響いて、印象的。戦後「前衛」の、それこそひと塊に語られてしまう難解さを、颯爽と解きほぐし、抽象のクールな面を巧みに打ち出す。一方、3番の交響曲では、ポーランド国立放送響から歯切れの良いサウンドを引き出し、「交響曲」として、冴えた音楽を繰り広げ、見事!

PENDERECKI: Orchestral Works Vol.1

ペンデレツキ : 交響曲 第3番
ペンデレツキ : 広島の犠牲者に捧げる哀歌
ペンデレツキ : 蛍光
ペンデレツキ : デ・ナトゥーラ・ソノリス II

アントニ・ヴィト/ポーランド国立放送交響楽団

NAXOS/8.554491



参考資料。




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