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女性が切り拓く近代音楽、ブーランジェ姉妹... [before 2005]

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さて、3月に入りました。でもって、明日、ひな祭りであります。ならば、女性作曲家でも取り上げてみるかァ... という、あまりに不埒な思い付き。いや、改めて、クラシックを見渡せば、男過ぎる世界だなと、愕然とすらさせられる(当blogで取り上げた女性作曲家は、これまで何人いただろう?)。の一方で、実に興味深い存在に出会う。昨年末、ジェローム・スピケ著、『ナディア・ブーランジェ 名音楽家を育てた"マドモワゼル"』を読む。そう、20世紀の音楽史に欠かせない、あの名教師についての本... この女性作曲家が如何にして名教師となり、その下から誰が巣立ったかを追うと、それはもう、20世紀音楽史そのもの。ナディアという特筆すべきフレームから見つめる20世紀音楽のパノラマは、普段、聴き知ったものとは違った広がりを感じ、圧倒される。そうした中で、不思議な存在感を見せるのが、ナディアの妹、リリ。24歳でこの世を去った6歳年下の妹へのナディアの愛情... 自らの作品よりも、リリの作品を後世に伝えようと奮闘する姿は、聖遺物でも信仰するかのよう...
という、リリの作品とは、どんなものだったのか?ナディアの教え子でもあるジョン・エリオット・ガーディナーの指揮、ロンドン交響楽団の演奏、モンテヴェルディ合唱団のコーラスで、リリ・ブーランジェによる3つの詩篇と、ナディアと親交の深かったストラヴィンスキーの詩篇交響曲(Deutsche Grammophon/463 789-2)を並べるという、興味深い1枚を聴く。

コンセルヴァトワールで教授を務めていた父、エルネストと、その43歳年下のロシア出身の母、ライサの間に、ナディア(1887-1979)と、リリ(1893-1918)の、ブーランジェ姉妹は生まれる。となると、音楽的に極めて恵まれた環境で育ったのだろう... 実際、そうだったのだが、ナディアが12歳、リリが6歳の時、年老いていた父が亡くなり、一家は苦境に陥る。が、すでにコンセルヴァトワールに入学し、才能を発揮していたナディアは、父の同僚たち、ヴィドールやフォーレらの庇護の下、コンセルヴァトワールの寵児に、早くも音楽で収入を得る道を切り開く(オルガン演奏、作曲、それから、後のナディアを決定付ける個人指導... )。そうした中で、ナディアはリリの音楽を見始め、リリもまたその才能を開花させてゆく。そのことを物語る印象的な一文が『ナディア・ブーランジェ 名音楽家を育てた"マドモワゼル"』にある。"ナディアは自分が数年かかったことを、リリが本能のみで、ほんの数ヵ月で習得していくことに衝撃を覚えていた。"(p.44)、ナディアを凌駕するリリ... ナディアが躍起になったローマ賞(結局、2等止まりだった... )を、1913年、19歳にして、女性として初めて受賞する。しかし、元々、身体の弱かったリリは、体調を崩すようになり、1918年、24歳で、パリの北西、メジー・シュル・セーヌで亡くなる。
というリリの作品、詩篇、第24番(track.1)、詩篇、第129番(track.2)、詩篇「深き淵より」(track.4)に、古い仏教の祈り(track.3)を聴くのだけれど... 思いの外、力強い音楽に、驚かされる。第1次大戦、終結の年に逝ったリリだけに、まだ近代音楽が本格始動する前の、滴るように豊潤なサウンドは、印象主義をベースとしながら、世紀末が爛熟したウルトラ・ロマンティシズムに共鳴するようであり、それでいて、詩篇という旧約聖書に収録された古代の詩を用いるからだろうか、どことなしにオリエンタルでもある。そうしたあたりに、フローラン・シュミットを思い起こし、シマノフスキのイメージが重なり、濃密にして、脱ヨーロッパ的な煌びやかさが悩ましげで、深く、ミステリアス。しかし、そういう音楽を、20代前半の駆け出しの女性作曲家が書いたとは... 何と言うか、オッサン臭い音楽でもある。随分と年季が入ったように感じられる充実したオーケストレーションに、詩篇という渋い題材、何より、妖しく、艶やかで... それが時代の気分であったのだろうけれど、若々しさには欠ける印象かなと。いや、若い女性らしい音楽をどこかで求めている?そういう意識が、クラシックの男過ぎる世界を物語っているか?一方で、オッサン(=コンセルヴァトワールの教授陣や、ローマ賞の審査員の面々、つまり当時の巨匠たち... )でなくては認められないという現実もブーランジェ姉妹の前に立ちはだかっていたはず... そうした中で、ひょいとオッサンの中に入って、屈託無く、堂に入った音楽を展開し得た順応力に、若さを見出す。つまり、若さゆえのオッサン臭さ?それが背伸びに聴こえないから調子が狂うのであって... 何と言っても、オッサンのレベルにあることが、恐ろしい子、リリ。また、そうした、他では考えられないような早熟が、リリの短い人生を象徴しているのかもしれない。
そんな、リリの作品を、しっかりと音にして行く、ガーディナー、ロンドン響。良い意味で、リリであること忘れ、ただそこにあるスコアと向き合っていることを感じさせる確かな演奏は、余計にオッサン臭く感じさせる?いや、それだけ、重厚なリリの音楽世界を克明に描いていて... 印象主義の瑞々しさとか、フランスらしい色彩感とか、そういうところに焦点を合わせず、剥き出しのリリを掘り起こすような迫力がある。そうして浮かび上がる、リリの生への渇望。重厚な中に、強い思いが過り、そうしたものが聴こえて来ると、切なさも漂う。そんなリリの作品の後で取り上げられる、ストラヴィンスキーの詩篇交響曲(track.5-7)。実直に響いたリリの後だと、実にギミックに聴こえる擬古典主義であり、モダニズムであり... 実際に、オッサン=巨匠、ストラヴィンスキーを聴いてみれば、リリの音楽が、独特な純粋さを持っていたことが際立ちもする。このあたり、ガーディナーの巧みなキュレーションが効いていて、見事。じゃあ、ストラヴィンスキーはつまらないのか?いやいやいや、さすがは巨匠、確かな音楽性があっての、リリの上を行く独特さ... 百戦錬磨のモダニストだからこそ生み出し得る、飄々とした風情を前にすれば、リリの若さも際立って... ウーン、唸ってしまう巧みさ!

BOULANGER: PSALMS ・ STRAVINSKY: SYMPHONY OF PSALMS
THE MONTEVERDI CHOIR / LONDON SYMPHONY ORCHESTRA / JOHN ELIOT GARDINER


リリ・ブーランジェ : 詩篇 第24番 *
リリ・ブーランジェ : 詩篇 第129番
リリ・ブーランジェ : 古い仏教の祈り *
リリ・ブーランジェ : 詩篇 「深き淵より」 **
ストラヴィンスキー : 詩篇交響曲

サリー・ブルース・ペイン(メッゾ・ソプラノ) *
ジュリアン・ポッジャー(テノール) *
モンテヴェルディ合唱団
ジョン・エリオット・ガーディナー/ロンドン交響楽団

Deutsche Grammophon/463 789-2

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