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カディス、洞窟の祈禱室にて... ハイドンの神秘主義。 [before 2005]

ただ今、四旬節中。ということで、キリスト教徒じゃないけれど、それに則った音楽を聴いてみようかな月間を試み中。で、ハイドンの「受難」交響曲に続いて、"受難"のクライマックスを描く、ハイドンの『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』を聴いてみようかなと... さて、この作品、スペインのカディスの司祭の委嘱により作曲された、聖金曜日(四旬節のクライマックス、キリストの受難とその死を悼む日... )の礼拝で唱えるキリストの最後の七つの言葉に呼応し、会衆を瞑想に導くという、特殊な音楽でして... 序奏と、七つの言葉を表現する7つのソナタ、そして、キリストの死により起こる地震を、オーケストラのみで奏でる劇伴的な音楽。となると、随分と渋い音楽が連なることに... が、その当時、思い掛けないヒットとなる。1787年、ウィーンで出版されると、国境を越え、パリ、ロンドンでも出版され、さらには、様々にアレンジされた版も登場。ヨーロッパ中で人気を集める。
そこで、2つの版に注目。まず、ジョルディ・サヴァール率いる、ル・コンセール・ナシオンの演奏で、オリジナル版(ASTRÉE/E 8379)、クリストフ・シュペリング率いる、ダス・ノイエ・オーケスターの演奏、コルス・ムジクス・ケルンのコーラスで、オラトリオ版(OPUS 111/OPS 30-284)。『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』の始まりと到達点を聴いてみる。


オリジナル、であることを超越してしまう、ジョルディ・サヴァール...

E8379.jpg
サヴァールによるオリジナル版は、礼拝で語られたキリストの最後の七つの言葉の朗読を織り込んで、カディス、サンタ・クエバ祈禱室("Santa Cueva"とは、「聖なる洞窟」の意味で、地下にあり、心霊修行が行われていたとか... )での聖金曜日の礼拝を再現する。となると、何だか説教臭くなるのかな?と思うのだけれど、いやいやいや... サヴァールならではの深みが、礼拝の厳かさを際立たせ、濃密にして静かなるドラマを紡ぎ出す。その雄弁さに、ただただ惹き込まれてしまう。しかし、ナポリ楽派流の華麗なるオペラが一世を風靡した時代、ヨーロッパ中がこういう音楽にも強く惹かれていたことに興味を覚える。会衆を瞑想に導く... ということで、全てがアダージョで演奏されるという、とにかく盛り上がりに欠けるこの作品。ハイドンとしても、かなり難しい仕事のようだったけれど、それをやり切って生まれた音楽は、一曲、一曲から重みと瑞々しさが溢れ出し、何とも言えず心に響いて来る。この聴き応えは何なのだろう?ちょっと他には探せない感覚かも... で、ハイドン自身も手応えを感じていたようで、並々ならぬ思い入れがあったとのこと(で、様々なアレンジが生まれることに... )。わかる!"交響曲の父"、ハイドンの音楽というと、まさに古典主義を象徴する、開明的で、端正で、時代の型枠を巧みに用い、心地良い音楽をコンスタントに繰り出して来る、そんなイメージだけれど、『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』にある音楽は、ハイドンという作曲家の力量が露わになるようで、そして、その恐るべき力量に感服。アダージョという速度に、独特の生々しさが生まれ、ただならず聴く者に迫って来る。いや、これこそが、十字架上のキリストの最後の表情なのかもしれない。華麗なオペラを黙らせる力を放っている!改めて聴くと、唸ってしまう。
それをまた、サヴァールで聴くと、圧倒的で... このマエストロならではの深みが、この作品の特殊性を特別なものに引き上げ、ピリオド・アプローチをさらに踏み込んで、当時のカディスでの演奏を再現しながらも、得られる感覚は、時代を遥かに超越したものになっているから、おもしろい。いや、これは、キリストの最後に肉薄したものなのか?ル・コンセール・デ・ナシオンが奏でる密度のある音色、真っ直ぐなアンサンブルは、18世紀云々、礼拝云々という説明を忘れさせる、音楽そのものの力強さを奏でて、ただならぬスケールを感じさせてくれる。で、これこそが、思い掛けなく至ったハイドンの境地だったのかもしれない。イズムという型枠や説明を必要としない、真の音楽。ウーン、このアダージョに身を任せていると、広大な宇宙を漂うようなそんな気分に... もはや、キリストを越えて宇宙の神秘を体感するようで、圧巻。

LES SEPT DERNIÈRES PAROLES DE NOTRE RÉDEMPTEUR SUR LA CROIX
LE CONCERT DES NATIONS / JORDI SAVALL


ハイドン : 『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』 Hob.XX-1

ジョルディ・サヴァール/ル・コンセール・デ・ナシオン

ASTRÉE/E 8379




オラトリオ版、劇画的に盛り上げる、クリストフ・シュペリング!

OPS30284
カディスの「聖なる洞窟」の祈禱室のために作曲された『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』は、本来、機会音楽のような位置付けであっただろう、特殊な音楽のはずが、思い掛けず、渾身の一作となって、ハイドンも思い入れを強めていたところに、先にも書いた通り、ウィーンで出版され、ヒット!当時のヒット作というのは、より演奏し易い普及版が広まるのが通例で、『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』も、そうした版が生み出されることに... 1787年、カディスでの初演の年には、早速、弦楽四重奏版にアレンジされ、オーケストラによるオリジナル版以上に人気を集め、ヨーロッパ中で出版される。さらには、鍵盤楽器版までも登場し、『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』の人気っぷりが窺える。そんな人気作は、やがて、十字架上のキリストの最後の七つの言葉が発せられる情景を、実際に歌うという、より具体的な音楽へと進化する時がやって来る。
ハイドンは、2回目のロンドン・ツアー(1794-95)の帰りに立ち寄ったパッサウで、パッサウ司教の宮廷楽長による、カンタータにアレンジされた『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』を聴く機会を得て、自らもオラトリオ化に乗り出し、1796年に完成させる。スヴィーテン男爵(後のオラトリオ『天地創造』、『四季』でも台本を担当した... )によるドイツ語の台本を用い、ソプラノ、アルト、テノール、バスの4人のソロと、コーラスで、7つのソナタと地震を巧みに歌い綴り、さらに、第5ソナタを除く各ソナタの前に、ア・カペラのコラールを加え、第5ソナタの前には、管楽アンサンブルによる間奏曲的な、もうひとつの序奏(track.6)を置き、2部構成のような形を取り、オラトリオらしく劇的に仕上げている。で、オリジナルの特殊性を、見事にオラトリオへと進化させていて、ここにもハイドンの力量を感じずにいられない。一方で、オリジナルの超越した感覚は、失われるのか...
歌という、場面を説明するものが入り込むことで、それが、それ以上のものではなくなってしまうというジレンマをこのオラトリオ版には感じる。逆を言うならば、オリジナルを越えることは難しい、ということなのかもしれない。返す返すも、ハイドンがオリジナルで至った境地というものに、感じ入ってしまう。が、それじゃあ、つまらない!と、ポジティヴにオラトリオ版に挑む、クリストフ・シュペリングの粋。徹底して表情を引き出し、しっかりとコントラストを付け、キリストの最後をドラマティックに盛り立てる!このマエストロならではの劇画的なタッチが絶妙に効いて、始まりの序奏(オリジナル版と同じ... )から、悲劇的な気分を滴らせ、表情豊かな4人のソロの伸びやかな歌声、コルス・ムジクス・ケルンの雰囲気のあるコーラスもあり、じわりじわりとドラマは盛り上がり、最後、地震(track.10)のカタストロフには、魅せられる!

JOSEPH HAYDN DIE SIEBEN LETZTEN WORTE

ハイドン : 『十字架上のキリストの最後の七つの言葉』 Hob.XX-2 〔オラトリオ版〕

アン・クリスティーネ・ラーション(ソプラノ)
マルティナ・ベルスト(アルト)
フリーダー・ランク(テノール)
ペーター・リカ(バス)
コルス・ムジクス・ケルン
クリストフ・シュペリング/ダス・ノイエ・オーケスター

OPUS 111/OPS 30-284




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コメント 4

サンフランシスコ人

2/19 ムーティ/シカゴ響がシカゴのカトリック教会で演奏会をするはずでした..

http://cso.org/ticketsandevents/Production-Details/cso-tours/cso-holy-name-cathedral/

Haydn The Seven Last Words of Our Savior on the Cross
by サンフランシスコ人 (2016-02-13 02:13) 

carrelage_phonique

なぜ延期されたのでしょう。

歌手とコーラスを加えて、オラトリオ版にするとか?
ムーティだと、オリジナル版より、オラトリオ版でやった方が映える気がします。
by carrelage_phonique (2016-02-14 02:00) 

サンフランシスコ人

ムーティは、今月シカゴ響に欠場....

http://cso.org/globalassets/about/pr-press-releases/2015-16/alert---muti_february-concert-update.pdf
by サンフランシスコ人 (2016-02-17 08:14) 

carrelage_phonique

とても、残念ですね。
by carrelage_phonique (2016-02-18 02:20) 

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