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世紀末の記憶をつなぎとめて、ウィーン、抒情... [before 2005]

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19世紀後半、ハプスブルク帝国の政治的衰退を背景にしつつ、力を持ち始めた帝国の"東"を引き入れ、独特な文化的風合を生み出した、「世紀末ウィーン」。東方的な装飾性とロマンティックな官能性が融合したクリムトの絵画、ビザンチン様式を思わせる分離派会館の建築、クレズマーや民謡が入り込むようなマーラーの交響曲... 今、改めて「世紀末ウィーン」というムーヴメントを見つめると、ヨーロッパにおけるウィーンという個性の突出に新鮮な思いがする。東西の結節点としてはもちろんだが、東の前線=オストマルクであったウィーンが、今、まさに"東"に呑み込まれようとする世紀末の刹那... 世紀を越えてもなお、「世紀末ウィーン」である呪縛... このもどかしさ、悩ましさが、19世紀末から20世紀前半に掛けて、ウィーンの文化に魔法を掛けたのだろう。
さて、バロックに始まり、ウィーンの歩みを追って来ての、さらなる深みへ... リッカルド・シャイーが率いた、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏、アレッサンドラ・マルクのソプラノ、ホーカン・ハーゲゴードのバリトンで、「世紀末ウィーン」の残像にして、ウィーンにおける"東"の結晶とも言える、ツェムリンスキーの抒情交響曲(DECCA/443 569-2)を聴く。

1913年にノーベル文学賞を受賞したインドの詩人、タゴール(1861-1941)の詩をテキストに、歌付き交響曲として、1922年に作曲された抒情交響曲(track.1-7)... アジアの詩による歌付き交響曲となると、ツェムリンスキーの師、マーラーの「大地の歌」(1908)が真っ先に思い浮かぶわけだけれど、抒情交響曲は、その延長線上にあると、ツェムリンスキー自身も認めている。となると、二番煎じか?いや、「大地の歌」から14年、時代は激変し、伝統が崩れ去る中、ツェムリンスキーは「世紀末ウィーン」を進化させ、独特な境地に至った。まず、そのむせ返るような豊潤なサウンド!インドの肉感的な詩を、ウルトラ・ロマンティックに、エキゾティックさも添えて、巨大に膨らませて... それは、東アジア的な枯れたイメージを汲む「大地の歌」の対極にあるのかもしれない。そして、男女の成就されない愛を歌い綴るもどかしさ... 悩ましさ... 歌われる世界こそ、遠い"東"の果てのインドではあるけれど、インド越しに『トリスタン... 』が浮かび上がるようで... そういう点で、マーラー以上にロマン主義の枠組みを大切にし、ワグネリズムの伝統を引き継いでいるのかもしれない。また、それが、伝統が失われた後の産物であることに、何とも言えない切なさを覚え、抒情交響曲を、より魅惑的なものとするのか...
第1次大戦の敗戦(1918)で瓦解したオーストリ=ハンガリー二重帝国、中東欧の中心であった帝国の首都という地位を失ったウィーン、新ウィーン楽派による12音技法の発明、大西洋を渡って席巻するアメリカからやって来たジャズと、近代音楽が隆盛を誇る一方で、伝統は失われ、「世紀末ウィーン」は過去となり... それでも、狂おしいほどに豊潤な"過去"を繰り広げる姿は、まるで亡霊のようであり、あるいは、幻想そのものであり、独特な存在感を放つ。もちろん、四角四面に過去を固持しているでもなく、調性は拡大され、無調に踏み込むところもあり、表現主義のパワフルさ、印象主義の瑞々しさを巧みに引き込み、近代音楽へと接近することで、ロマンティックの限界点を押し上げてみせるツェムリンスキー。シェーンベルクが破壊で乗り越えた伝統の壁を、ツェムリンスキーは革新を呑み込むことで境界を消し去り、近代音楽のフィールドに"過去"を糜爛させる。その大胆さたるや!新旧の音楽をしっかりと見据えるニュートラルな視点と、新旧の音楽を的確に処理できる作曲家としての高い技術、鋭い感性があってこそ実現できた冒険... それが、抒情交響曲だったか。今、改めてこの作品と向き合ってみると、その独特な境地に目を見張り、ツェムリンスキーという希有な才能に感心し、惹き込まれる。
さて、抒情交響曲に続いて、ホワイト(バス・バリトン)の骨のある歌声で、交響的歌曲(track8-14)が取り上げられるのだけれど、この歌曲集のテキストが、アフリカ系アメリカ人の詩を集めた『アフリカは歌う』によるもので、1929年の作品らしく、アメリカからの新しい文化を受けてのもの... 1920年代のジャズ・エイジ、ヨーロッパの多くの作曲家がジャズに関心を示した頃、ツェムリンスキーもまた、そうした流れに乗ったわけだ。が、果たして、どれほどアメリカを呑み込めていたのか?"東"のインドのようには上手くは扱えなかった大西洋の西... けれど、その不器用さも、今となっては味。ゴスペル風味なウィーンの微笑ましさかなと...
という、ツェムリンスキーを取り上げたシャイー。丁寧にオーケストラを鳴らし、ツェムリンスキーのウルトラ・ロマンティシズムから、より多彩な響きを引き出していて、美しく... その美しさで織り成される、濃密な「世紀末ウィーン」の幻想は圧倒的。そんなシャイーに見事に応えるロイヤル・コンセルトヘボウ管。名門ならではの手堅さと、第一級のプレイヤーたちによる的確さが、「世紀末ウィーン」の煌びやかさと、そのドラマティックなストーリーを持つ背景をしっかりと読み込み、深みを伴って、耽美な世界を描き上げる。単に陶酔的なだけでない、ウィーンのリアルが底で鳴る重厚感が見事!

ZEMLINSKY: LYRISCHE SYMPHONIE / SYMPHONISCHE GESÄNGE
CHAILLY ‎/ ROYAL CONCERTGEBOUW ORCHESTRA


ツェムリンスキー : 抒情交響曲 Op.18 **
ツェムリンスキー : 交響的歌曲 Op.20 *

アレッサンドラ・マルク(ソプラノ) *
ホーカン・ハーゲゴード(バリトン) *
ウィラード・ホワイト(バス・バリトン) *
リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

DECCA/443 569-2




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