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不思議の国から花の都へ、そこから広がるエネスクの魔法! [before 2005]

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9月、中東欧の国民楽派を巡る中、伊東伸宏著、『中東欧音楽の回路 ロマ・クレズマー・20世紀の前衛』という本を読む。中東欧の音楽の、絶好のガイドブック。ではあるのだけれど、かなりマニアック。そもそも論文集。しかし、そういう気難しを乗り越えて、これまで知らなかった中東欧の音楽の興味深さと、一筋縄には行かない展開に、不思議な迷宮に迷い込むような感覚があり、惹き込まれる。入り乱れる民族と、それぞれの民俗音楽と、それらが共鳴して、汎中東欧的なものも育まれ、さらにクラシックの音楽に作用して行くおもしろさ!クラシックというひとつのジャンルでは語り切れない、民俗音楽と地続きの中東欧の音楽世界を目の当たりにし、一般的に触れるクラシックがあまりに一面的であることを思い知らされる。何と言っても、中東欧の音楽の交雑性が生み出す魅惑... 悲喜交々の歴史から発せられる表情の豊かさは、なかなか西欧には探せない...
という中東欧から、『中東欧音楽の回路 ロマ・クレズマー・20世紀の前衛』でも取り上げられている、ルーマニアを代表する作曲家、民俗音楽の影響を強く受けた国民楽派、ヴァイオリンの巨匠としても記憶される、エネスコ... ギドン・クレーメル率いるクレメラータ・バルティカの演奏で、エネスコの八重奏曲とピアノ五重奏曲(NONESUCH/7559-79682-2)を聴く。

ジョルジェ・エネスク(1881-1955)。
まず、"エネスコ"ではなくて、エネスクなんだ... と、今頃、気付く。"エネスコ"はフランス語の表記に倣い、エネスクはルーマニア語による読みとのこと。つまり、フランスを拠点に活躍した"エネスコ"としての認識が、色濃く残っているということか... もちろん、エネスクはルーマニア人。ルーマニアの北東部、モルダヴィア地方、リヴェニ村の農家に生まれ、音楽好きの両親の影響で、幼くして地元のロマのヴァイオリン弾きにヴァイオリンを習い、その才能を開花させる。いや、後のヴァイオリンの巨匠が、ジプシーのヴァイオリンにルーツがあったとは、おもしろい。何より、モルダヴィア地方の独特の音楽環境、ユダヤのクレズマー(東欧系ユダヤ人、アシュケナジウムの民謡が源であろうと考えられる、ユダヤ社会における伝統的、ポピュラー・ミュージック... )、ロマのラウタール(ルーマニアにおける"村のヴァイオリン弾き"とのこと... で、いわゆるジプシーの音楽か... )が共鳴し、ルーマニアとしてのフォークロワが形成される中で育まれたエネスクの音楽性は、やっぱり"独特"。それがまた、7歳でウィーン音楽院に、14歳でパリのコンセルヴァトワールへと進み、西欧の音楽芸術をしっかりと学び、洗練を纏って繰り出される"独特"のおもしろさ!極めてヨーロッパ的でありながら、もうひとつ味が加わり、深みを増す魔法!
最初は、エネスク、19歳の時の作品、八重奏曲(track.1-4)。で、クレーメル+クレメラータ・バルティカは、弦楽オーケストラでこの作品に挑むのだけれど... ウーン、19歳とは思えない、雄弁な音楽!八重奏からオーケストラとなったことで、当然、響きに厚みが増し、滴るようにジューシー、酔わされる!パリの華やかさ、ゴージャスさに、ウィーンの濃厚なロマンティックさが加味されて、そこに聴き手を強く惹き付けるルーマニアの"独特"が効き、何と言ったらいいのだろう。いや、他に無い感覚なのかも... エネスクが最初に触れた音楽、その根っこにあるモルダヴィア地方の交雑性が、パリも、ウィーンも、良いとこ取りで、巧みに溶かし込んでしまう器用さを発揮するのか。で、クレズマー、ラウタールのキャッチーさ、メローさが屈託無く繰り広げられ、不思議なポピュラー感を生み出す。洗練されたヨーロッパ像と、ヨーロッパの東の辺境の村の場末感が織り成す、美しくエモーショナルな音楽は、クラシックにして、それだけに留まらない雰囲気が立ち込める。そして、その雰囲気がたまらない。ルーマニアの、ドラキュラや狼男が出没するようなファンタジーが溢れ返るようでもあり、そんなトゥーマッチなあたりが、洗練されたヨーロッパに回収されると、往年のゴシック・ホラーの映画の世界に迷い込んだ気分。魅惑的。
そこから一転、40年を経たピアノ五重奏曲(track.5-8)が続くのだけれど、この晩年の作品には、良い意味での枯れた印象がありつつ、集大成的な趣きもあって、味わい深い。パリのコンセルヴァトワールで、フォーレについて学んだ思い出だろうか、1楽章(track.5, 6)は、フォーレ風の叙情性に包まれ、その後半は、わずかにジャジーな匂いも漂うような... 2楽章(track.7, 8)では、新ウィーン楽派を思わせるトーンもありつつ、その後の闊達な音楽は、擬古典主義のようでもあり、近代音楽も意識させられる。その分、ルーマニアの"独特"は抑えられて、エネスクの西欧での歩みと、音楽史におけるロマン主義から近代主義へのうつろいが、しっとりとした情感を以ってまとめられ、これまた独特。ある意味、異邦人の視点だろうか?ドラスティックに変貌を遂げて行く西欧の音楽を引いて見つめ、その全てを古い日記を捲るように響かせてしまう不思議な感触。八重奏曲のトゥーマッチとは裏腹に、枯れた音楽から聴こえて来る懐かしさ... そのセンチメンタルが、じんわりと沁みる。
というエネスクを聴かせてくれた、クレーメル+クレメラータ・バルティカ。弦楽オーケストラとしての演奏は、いつもながら若々しく、瑞々しく、八重奏曲(track.1-4)でのアグレッシヴさは、聴く者を酔わせる魅力に充ち満ちている。一方で、ズラビスのピアノを加えて、クレーメルのヴァイオリンを中心に、クレメラータ・バルティカのメンバーによるピアノ五重奏曲(track.5-8)では、丁寧なアンサンブルから繰り出される、さらりとした感触が印象的。絶妙に2つの作品にコントラストを付け、エネスクの若さと老成、ルーマニアと西欧、それぞれの個性を引き立たせながら、エネスクの"独特"をセンス良く膨らませる妙。21世紀のニュートラルな視点で捉えるからこそ、エネスクの"独特"が嫌味無く繰り出されて、見事。

GIDON KREMER ・ KREMERATA BALTICA GEORGE ENESCU ・ Octet, op. 7 ・ Quintet, op. 29

エネスク : 八重奏曲 Op.7 〔弦楽オーケストラによる〕
エネスク : ピアノ五重奏曲 Op.29 *

ギドン・クレーメル/クレメラータ・バルティカ
アンドリウス・ズラビス(ピアノ) *

NONESUCH/7559-79682-2

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