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チェロが語り出す、20世紀、ハンガリーの歩み... [before 2005]

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現在のハンガリーの地の歴史は、様々な民族と文化の堆積の歴史であり、ヨーロッパとアジアが見事に折り重なって、他に無い希有な個性を紡ぎ出しているように感じる。そして、ハンガリーと呼ばれる人の歴史もまた、極めて希有なもので... マジャルと名乗るハンガリーの人々は、人種的にはヨーロッパ系でありながら、言語的にはアジア系に分類される不思議な存在。なぜそうなったのだろうか?現在のハンガリーの地にやって来る以前、ヨーロッパとアジアの境界、ウラル山脈(ロシアとシベリアの境界でもある... )のあたりで遊牧生活をしていたらしいのだが、アジア文化圏と接していたことで、アジアナイズされた?アジアナイゼーション?実際のところは、よく解っていないらしい。が、マジャルという民族が生まれる過程を想像することは、とても刺激的な気がする。
という、民族もまた希有なハンガリー... そのあたりを抽出するような音楽?現代音楽のスペシャリスト、ジャン・ギアン・ケラスのチェロで、20世紀、ハンガリーの作曲家たち、コダーイ、ヴェレシュ、クルターグの、チェロのための作品を集めた興味深い1枚(harmonia mundi FRANCE/HMC 901735)。ヨーロッパとアジアを行き来するような、独特な音楽を聴いてみる。

コダーイ・ゾルターン(1882-1967)、ヴェレシュ・シャーンドル(1907-92)、クルターグ・ジェルジュ(b.1926)... 20世紀、ハンガリーの音楽を担った3人の作曲家... コダーイの教え子ヴェレシュ、ヴェレシュの教え子クルターグと、絶妙に世代的な間隔を取って、それぞれの個性を活かしながら、20世紀、ハンガリーの音楽の展開をさらりと響かせるケラス。国民楽派のコダーイに、近代音楽のヴェレシュ、そして、現代音楽のクルタークと、同じハンガリーの20世紀の作曲家とは言え、それぞれにまったく異なるスタンスで音楽と向き合った3人。なのだけれど、そこに「ハンガリー」というストーリーをしっかり響かせるケラスのセンスに感心させられる。いや、チェロという楽器が引き出す「ハンガリー」もあるのかもしれない。ピアノ伴奏の2作品の他は、全て無伴奏という、ストイックにチェロで綴るアルバムは、かえって響きが絞られて、じわりとハンガリーが滲み出す...
始まりは、クルターグのしるしII(track.1-2)、からの影(track.3)。短く、シンプルとも言える作品は、この作曲家ならではの独特の間の取り方が印象的で、戦後「前衛」の厳しい表情を帯びつつ、どこか東アジア的。邦楽の自然の景色に音楽を見出すような(武満を思い起こす... )、枯山水の庭を見つめるような(ケージが関心を寄せたような... )、独特の抽象性が興味深く、チェロの響きには書画の墨の滲みが重なり、日本人としてどこか共感を覚えてしまうサウンド。マジャルの人々が、ウラル山脈でアジアの文化に接していた頃の心象を探る?そこから、深くも雄弁にチェロを歌わせるコダーイの無伴奏チェロ・ソナタ(track4-6)が続き、ヨーロッパに移動し「ハンガリー」となったマジャルの歌だろうか、コダーイの民謡収集がダイレクトに反映され、チェロがまるで民俗楽器のような表情を見せて、鮮烈。特に、終楽章(track.6)のダンサブルなあたりは、ケラスの妙技もあって心躍るものがあり... いや、興が乗って来ると、ロックのようなスリリングさが展開されて、クール!フォークロワを強く意識させながらも、そうあることでジャンルを越えた音楽を出現させてしまう「ハンガリー」のおもしろさ!
その後で取り上げられるのが、ピアノ伴奏を伴うソナチネ(track7)。で、ピアノの前奏が鳴り出すと、劇的に空気が一変し、西欧が濃密に漂い出すから凄い。ピアノというマシーンが、西洋音楽の象徴であることを思い知らされる。それでいて、フォークロワからクラシックへと連れ戻される感覚に、クラクラしてしまう。あれだけ「ハンガリー」を際立たせた後での西欧風... いや、両者の文化的距離を物ともせず、瑞々しいソナチネ(track.7)を書き上げてしまうコダーイの卒の無さに舌を巻く。それはまるで、ラヴェルを思わせる響きの美しさが印象的で、無伴奏チェロ・ソナタと比べると、本当に同じ作曲家の作品なのかと驚かされる。で、ケラスの鋭いところは、ピアノを登場させることで、振り子のようにハンガリーと西欧を行ったり来たりして、それにより両者の距離を際立たせること... 彼ならではのニュートラルな感性が捉える、20世紀、ハンガリーの作曲家の二面性とでも言おうか... 自らを徹底して掘り下げて見つめるかと思えば、西欧へと振れる。その悩ましさ、もどかしさ...
しかし、そういうありのままにこそ「ハンガリー」の幅が見えて来て、一筋縄では行かない魅力を感じる。そこに焦点を当てるケラス。一見、ストイックなアルバムのようで、実はかなりヴァラエティに富み、飽きさせない。超絶技巧も飄々とこなす、ケラスの確かなテクニックがあってこそ、どこか達観して「ハンガリー」を捉え、解析し、聴く者に提示するのか... かつて、現代音楽の専門家集団、アンサンブル・アンテル・コンタンポランに在籍したケラスだけに、「ハンガリー」にこれほど注目しながら、けして「ハンガリー」に入り込まない現代っ子感覚?だからこそ、ハンガリーがナチュラルに映える!で、忘れてならないのが、ピアノを弾くタロー... この人のニュートラルさも、このアルバムに瑞々しい色を加えている。

JEAN-GUIHEN QUEYRAS ・ Violoncello

クルターグ : しるし II Op.5b 〔チェロのためのサイン、ゲーム、メッセージ から〕
クルターグ : 影 〔チェロのためのサイン、ゲーム、メッセージ から〕
コダーイ : 無伴奏チェロ・ソナタ Op.8
コダーイ : ソナチネ 〔チェロとピアノのための〕 *
クルターグ : 信仰 〔チェロのためのサイン、ゲーム、メッセージ から〕
クルターグ : ピリンスキ・ヤーノシュ - ジェラール・ド・ネルヴァル 〔チェロのためのサイン、ゲーム、メッセージ から〕
クルターグ : アツェール・ジェルジュの思い出に 〔チェロのためのサイン、ゲーム、メッセージ から〕
ヴェレシュ : チェロ・ソナタ
コダーイ : アダージョ 〔チェロとピアノのための〕 *

ジャン・ギアン・ケラス(チェロ)
アレクサンドル・タロー(ピアノ) *

harmonia mundi/HMU 807553




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