SSブログ

まるでオペラ!コジェルフのオラトリオ『エジプトのモーゼ』。 [before 2005]

9999482.jpg
旧約聖書の数々のエピソードを見つめると、人間って報われないんだなァ。とか、思ってしまう。その根本にある、原罪という、やっかいな考え方... 神仏の国でのほほんと過ごしている日本人にとっては、原罪というものが、どうもピンと来ない(千年許さないどころの騒ぎじゃなくて、りんご、齧ったら、末代までずっと罪人だかんね、あんたたち!って、どんだけ?)。でもって、旧約聖書に登場するキャラクターたちは、どうも神様にもてあそばれているような印象を受けてしまう。そういう点で、ギリシア悲劇にも通じるのか?旧約聖書を題材とするオラトリオは、オペラ(ギリシア悲劇の復活として誕生した... )のように劇的... オラトリオとオペラを比定して、それぞれの原典を見つめると、ドラマがどういうところから生まれるのか、わかるような気がして来る。
さて、旧約聖書、最大の見せ場、海が割れる!前の話し... ヘルマン・マックス率いる、ライニッシェ・カントライのコーラス、ダス・クライネ・ンツェルトの演奏、マーカス・シェーファー(テノール)のタイルロールによる、モーツァルトが活躍した18世紀後半のウィーンで人気を集めたチェコ出身の作曲家、コジェルフのオラトリオ『エジプトのモーゼ』(cpo/999 948-2)を聴く。

モーツァルトがプラハで『ドン・ジョヴァンニ』を初演し、喝采を浴びた1787年、ウィーンで初演されたのがコジェルフのオラトリオ『エジプトのモーゼ』。それはまさに古典主義が絶好調だった頃の音楽... ナポリ楽派が切り拓いた流麗さ、華麗なコロラトゥーラの当世風(18世紀後半当時の、ナポリ楽派全盛のスタイル... )に彩られながら、ウィーンの古典派ならではの過去をリスペクトする硬派(バッハにいち早く注目し、対位法などを研究し、かつての音楽語法をリヴァイヴァルする... )なあたりがドラマをしっかりと引き締め、音楽に緊張感を生む。それでいて、次なる時代はすぐそこまで迫っており、シンフォニアの序奏の、仄暗い中、劇的に幕を開ける音楽の力強さは、ベートーヴェンやウェーバーを予感させ、ロマン主義の萌芽を見つけた気さえする。『ドン・ジョヴァンニ』の序曲の冒頭もそうだけれど、これがフランス革命を2年後に控えた空気感なのか?アンシャン・レジームの最後の輝きの中に、風雲急を告げる暗雲がすでに視野の隅に見えているような... そんな時代が興味深い...
でもって、『エジプトのモーゼ』のストーリーにも似たようなところがあるのか、出エジプトの決定的な瞬間、海が割れる!ところまでは描かず、やがて訪れるカタストロフを予感させるザワめくものが、4人の登場人物の間に漂う。エジプトの王であるファラオと、その王女、メリメ。メリメを育ての母とするモーゼ。モーゼの兄弟、アロン。エジプトとヘブライの民という対立軸に、それを乗り越える育ての母(メリメ)の息子(モーゼ)への愛情... 一筋縄では行かない関係性は、なかなか濃密。旧約聖書におけるモーゼを巡る人々はより多く複雑である一方、育ての母に関してはあまり目立たない。が、あえてそこに焦点を合わせることで、オペラ的なドラマが展開される(イタリア語による台本もそうしたトーンをより強めている!)。『出エジプト記』を用いながらも、SFスペクタキュラーな見せ場で聴く者にインパクトを与えるのではなく、出エジプト前夜のエジプト王室の葛藤を捉えるコジェルフ。
その葛藤が頂点を迎える、第1部の山場、四重唱と合唱(disc.1, track.14)!10分弱に及ぶ長大なシーンは、登場人物たちの思惑が交錯しながらコーラスが盛り上げる。聴こえて来るサウンドこそ18世紀後半のものかもしれないが、その密度は完全に19世紀前半のもの。そんなドラマの密度の濃さが、このオラトリオの興味深いところ。で、それをより際立たせるのが、レチタティーヴォ・アッコンパニャート(オーケストラ伴奏による... )の多用。背景からドラマティックに盛り上げ、オーケストラが切れ目なく続いて生まれる勢い!アリアだけでなく、レチタティーヴォがシェーナのように展開して高まるドラマ性には感服させられる。一方で、旧約聖書であること、オラトリオであることを思い起こさせる、第2部の最後、フーガ(disc.2, track.19)... 当世風の華麗さがさっと消え、教会音楽の伝統へ立ち返って響く、妙なる清々しさ!密度の濃いドラマの後だからこそだなと...
そんな、聴かせ所、満載のオラトリオを知らしめてくれたのが、マックス+ライニッシェ・カントライ+ダス・クライネ・コンツェルト。いやー、彼らならではのチョイス!そして、確かなチョイスであって... 見事にウィーンの古典派の隠れた佳曲を掘り起こす!また、その確かなコーラス、演奏が、作品に十分な聴き応えをもたらしていて、すばらしく... 苦悩する母、メリメを表情豊かに歌う、個性派、ケルメス(ソプラノ)、頑固なファラオを歌うソル(バス)の底堅さ、おそらくカストラートのロールなのだろう、ペリッロ(ソプラノ)が歌うアロンの浮世離れした透明感は忘れ難い。そして、シェーファー(テノール)のモーゼは、能天気過ぎるような印象も受けるのだけれど、これが古典主義の時代のモーゼ像かなと... 何より、珍しい作品を資料的なレベルを越えて、きっちりと楽しませてくれるマックスの仕事ぶりに、感服させられる。いや、凄い。

Leopold Anton Kozeluch ・ Moisè in Egitto
Das Kleine Konzert ・ Rheinische Kantorei ・ Hermann Max

コジェルフ : オラトリオ 『エジプトのモーゼ』

メリメ : シモーネ・ケルメス(ソプラノ)
アロンネ : リンダ・ペリッロ(ソプラノ)
モイゼ : マルクス・シェーファー(テノール)
ファラオーネ : トム・ソル(バス)
ライニッシェ・カントライ(コーラス)
ヘルマン・マックス/ダス・クライネ・コンツェルト

cpo/999 948-2




nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。