SSブログ

それは、新しい時代を迎えるための「練習曲」、ドビュッシー... [before 2005]

4297382.jpg
えーっと、サロネンによるアルバムを聴いたから、だけではないのだけれど、にわかにドビュッシーにはまってます。いや、聴けば聴くほど、捉え切れないように感じるドビュッシー... 以前は、その伊達な雰囲気が、どこかイロモノ的に感じていたかもしれない。クラシックのメインストリームたるドイツ音楽に対して、フランス音楽の弱さも感じていたかもしれない。が、そういうマイナスに思えた要素こそ、ドビュッシーの思い掛けない計り知れなさを生み出している?伊達の裏にある、象徴主義のディープかつダークなあたり、ワグネリズムから出発しながら、フランス音楽の自由さへと立ち返り、より広がりのある印象主義の音楽を実現させ、ドイツのさらに先へと視線を向け得た巧者っぷり... 19世紀と20世紀の結節点、ドビュッシーという存在は、見つめれば見つめるほど、様々なヴィジョンが浮かび上がり、まるでイリュージョンのよう!ちょっと他には探せない個性なのかも...
というドビュッシーの行き着いた先、その死の3年前、近代音楽の到来を告げた『春の祭典』のセンセーショナルの2年後、1915年の作品、マウリツィオ・ポリーニのピアノで、ドビュッシーの12の練習曲(Deutsche Grammophon/429 738-2)を聴く。

ドビュッシーというイリュージョンの種は何か?ワーグナーはもちろん、ムソルグスキーも効いていると思うのだけれど... 古楽の先駆者として、ルネサンスからバロックに掛けてのフランス音楽の流れも間違いなくある。それから、フランスならではのエキゾティシズムを越えて、非ヨーロッパの音楽語法にアクセスしようとした実験性!でもって、それらを雰囲気たっぷりに見せる象徴主義というフレーバー... 一筋縄では行かないドビュッシーの音楽が何からできているかを考えると、ちょっとワクワクさせられる。思いも付かないようなもの、組合せが見つかるから。そして、その晩年の、到達点のひとつ、12の練習曲(track.1-12)を聴くのだけれど... 久々に聴いてみると、ドビュッシーの玉手箱やァ~ みたいな、「練習曲」というイメージを凌駕する多彩さを感じずにはいられない。が、「練習曲」であるのもまた事実... 「指の柔軟性とメカニズム」と注釈された第1集(track.1-6)は、まさにであって、その第1曲、「5本の指のための」の冒頭の、5本の指の準備体操をするかのような飄々とした表情!「練習曲」ですけど、何か?というくらいの素っ気無い態度に、かえって惹き付けられてしまうから、すっかりドビュッシーのペース。しかし、よくよくその準備体操を聴いてみると、まるでナンカロウ(自動演奏ピアノの鬼才!)を思わせて、おおっ?!となる。で、この第1曲に限らず、人を喰ったように"練習"に忠実な素振りを見せることで、クラシックの型通りの表現を逸脱させるところもあって、狐に抓まれたような心地になりながら、魅了されてしまう。
でもって、第2曲、「3度のための」(track.2)では、まさに印象主義的なパルスが心地良く繰り出されるのだけれど、これがミニマル・ミュージックにも思えて... 第3曲、「4度のための」(track.3)では、ドビュッシーらしい東洋風のエキゾティックなトーンに包まれ、詩情を漂わせつつ、どこか壊れた印象もあり、ケージの空気感を思い起こさせる。ドビュッシーらしさと、ドビュッシーの先にある音楽が、不思議に重なる、まさにイリュージョンのような12の練習曲。いや、それは、これから音楽の世界で何が起こるかを予言するかのようでもあり、またそうした新しい時代を迎えるにあたっての「練習曲」でもあったように思えて来る。が、ドビュッシー後の音楽の気難しさとは一線を画す。過去や同時代、それもアカデミズムに捉われないフォークロワやミュージック・ホールの音楽へのリスペクトも聴こえて来て、お洒落に、センス良く、度を越さない奇天烈を繰り広げて、飽きさせない。
さて、ドビュッシーの後には、ベルクのピアノ・ソナタ(track.13)が奏でられ、絶妙!新ウィーン楽派の面々はドビュッシーをリスペクト(シェーンベルク主催、私的演奏協会でも、いろいろ室内楽にアレンジして取り上げていた!)していたわけで、12音技法の前段階としての表現主義の音楽は、単にロマン主義を煮詰めただけではない、印象主義の自由な在り方にもインスパイアされてのもの... ドビュッシーからのベルクは、そうした影響関係を汲み上げるとともに、フランスとウィーンの個性の違いを際立たせもして、実に刺激的。しかし、フランス音楽の後に聴くウィーンの音楽の重々しさたるや!粘り気のある表現主義が、何とも言えない...
という、ドビュッシーとベルクを聴かせてくれたポリーニ。近現代音楽を得意とするマエストロならではの鋭敏なタッチが冴え渡り、一音一音が気持ち良いぐらいに怜悧に響く。そうして得られる視界の良さ!ドビュッシー、ベルク、それぞれの音楽の素の姿を露わにしてしまうようで、ちょっとドキドキさせられる... で、ドビュッシー、下手にまとめることなく、一筋縄では行かないあたりをそのまま響かせて、ドビュッシーの可能性をまさにイリュージョンのように引き出す。一方、ベルクでは、"Op.1"という、作曲家の出発点と素直に向き合い、早熟の表現主義の青さ、初々しさを瑞々しく響かせて、印象的。

DEBUSSY: 12 ETUDES ・ BERG: SONATE OP. 1
MAURIZIO POLLINI


ドビュッシー : 12の練習曲
ベルク : ピアノ・ソナタ Op.1

マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)

Deutsche Grammophon/429 738-2




nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。