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悲しみを越えて、送り出す、ジルのレクイエム。 [before 2005]

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3月11日、再び、この日がやって来ました。普段は何気なく過ごしていても、あの日のことを思い起こすと、未だに胸が締め付けられ、居た堪れなくなる... きっと、被災された方々ならば、なおのことだろう... そして、亡くなられた方々だ... 少し前に、被災地で幽霊の目撃談が多く語られている、という記事を読む。信じるか信じないかは、あなた次第... かもしれないけれど、語られているケースをつぶさに見つめると、そこには単なる怪談では片付けられない切実さ(例えば、死んだという現実を認識できていない... )があって、胸が痛い。また、そうした幽霊の存在を、温かく見守る被災地の人々の心情もあって、切なくなってしまう。そこで、今日は、祈りを籠め、レクイエムを聴いてみようと... ただその死を嘆くのではなく、死者を静かに送り出すようなレクイエムを...
フィリップ・ヘレヴェッヘ率いる、フランスのピリオド・アンサンブル、ラ・シャペル・ロワイアルと、アニェス・メロン(ソプラノ)ら、ピリオドで活躍する歌手たちによる、フランス・バロックの隠れた名作、ジルのレクイエム(harmonia mundi FRANCE/HMC 901341)を聴く。

クープラン(1668-1773)と同い年のジル(1668-1705)。つまり、ポスト・リュリ世代となるのだけれど、フランス・バロックの作曲家としては珍しく、ヴェルサイユとは縁の無かった作曲家... 南仏、タラスコンで生まれたジルは、エクサン・プロヴァンスの大聖堂の聖歌隊に加わり、その楽長であったポワトヴァンに師事。オルガニストとしての腕を磨き、南仏で活躍、1697年にはトゥールーズの大聖堂の楽長となる。そして、その先にはヴェルサイユもあったのかもしれない(やはり南仏の出身で、同じポワトヴァン門下の兄弟子、カンプラは、同じくトゥールーズの大聖堂の楽長を務めた後、パリのノートルダム大聖堂の楽長となり、ヴェルサイユへ... )が、ジルは37歳の若さで、ローカルな作曲家のまま、トゥールーズにて世を去る。そして、その死の年に作曲されたのが、ここで聴くレクイエム(track.1-7)。奇しくもジルの葬儀で初演されたレクイエムは、まさに作曲家の白鳥の歌... その美しさはじわりじわりと評判を呼び、やがてパリの音楽シーンを牽引したオーケストラ、ル・コンセール・スピリチュエルでも取り上げられ、人気レパートリーに... さらには、ラモーの葬儀(1764)でも、ルイ15世の葬儀(1774)でも演奏され、ジルの死後、半世紀を掛けて、フランスを代表するレクイエムとして認知されることに...
が、今はどうだろう?フランスを代表するレクイエムというと、やはりフォーレだろうか。もちろんフォーレもすばらしいのだけれど、ジルのレクイエムが忘れられてしまったことは、まったく残念だ。かつては国王の葬儀で用いられるほどの人気作... とはいえ、下手に格式張っているわけでもなく、フランスならではのメローさが随所に散りばめられ、センチメンタルを漂わせながら、どこかヘブンリーで、死者への慈しみに溢れている!レクイエムというと、死への畏れと嘆きが強調され、やたらドラマティックだったりするものの、ジルの音楽は「レクイエム」の安易なイメージに陥ることなく、独自の道をゆく。リュリ後のフランス・バロックの大成を感じさせながらも、フランス音楽が持つ本来の気の置け無さを残し、流麗で、捉われることなく、イタリア的な明快さ、雄弁さをも引き込み、より豊かに音楽を膨らませる。そうして得られる感触は、どこか古典主義を予感させるものがあり(だからこそ、18世紀後半まで人気が続いたのか?)、さらに、最後のポストコムニオ(track.7)で歌われるコーラスの豊潤さには、18世紀を脱するかのような雰囲気もあって、それこそフォーレへとつながる道筋が見えて来て、興味深い。
そんなジルのレクイエムを聴かせてくれるのが、ヘレヴェッヘ+ラ・シャペル・ロワイアル。まず、冒頭の勇壮な太鼓!葬送の行進が歩み出すかのような重々しさには、死者を悼む思いを強く感じ、のっけから心を鷲掴みにされる。やがて、太鼓のリズムはそのまま入祭唱のリズムとなり、リュリ調の重みあるオーケストラのサウンドに乗って、クルック(テノール)が歌い出すのだけれど... その牧歌的なトーン!得も言えずやわらかなメロディーを素直に歌い、生まれる、ヘブンリーさ!ヘレヴェッヘが紡ぎ出す音楽は、ジルのスコアに寄り添いながらも、綴られた音符を天に放つようなところがあって、フワフワと漂うよう... で、そのフワフワとしたエアリーさを生み出すラ・シャペル・ロワイアルがまたすばらしく... やわらかなハーモニーを織り成すコーラス、しとやかなアンサンブルを聴かせるオーケストラは、ピリオド、第一世代らしい、温もりを感じせるサウンドが印象的。そのあたりがフランス音楽の明朗さを際立たせ、けして悲しみに囚われることなく、聴く者を心地良さで包む。死をポジティヴに捉え、旅立つ者にも、残された者にも、やさしげな眼差しを向け、悲しみを越えた、静かな感動で充たす。
しかし、名曲です。どこか懐かしいようなメロディーに導かれ、美しく澄んだ響きを輝かせながら、滔々と流れてゆくジルの音楽... その穏やかな流れは、死者の人生を振り返るようで、心に深く響き、やがて死者の魂を送り出すようで、聴き終えた後に残る何とも言えない温もりに癒される。それは終わりの音楽ではなく、まるで始まりの音楽にも感じられ、悲しみの向こうに光が見えるのか... そんなジルのレクイエムを聴いて、あの日、失われた、多くの魂に、祈りを捧げたいと思います。

GILLES / REQUIEM / HERREWEGHE

ジル : レクイエム
ジル : 主よ、われ汝を愛せん **

アニェス・メロン(ソプラノ)
ハワード・クルック(テノール)
エルヴェ・ラミー(テノール)
ペーター・コーイ(バス)
ヴェロニク・ジャンス(ソプラノ) *
トム・フィリップス(テノール) *
フィリップ・ヘレヴェッヘ/ラ・シャペル・ロワイアル

harmonia mundi FRANCE/HMC 901341




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