太陽王の青春、弾けるコメディ・バレ、リュリ。 [before 2005]
さて、3月です。春めいて来ましたね。ところで、先日、フィンランド国立オペラがムーミンをバレエにすると聞いて、おおっ?!となる。どんなだろう?しかし、バレ・ド・クールから4世紀を経て、ムーミンだというから、芸術の歩みというのは、おもしろい!一方で、4世紀前のバレエを改めて見つめてみると、ムーミンはいないけれど、かなりヘンテコなキャラが登場する(ボエセの狂人と脳障害者のバレには面喰った... )。ロマンティック・バレエのイメージが確立する前のバレエというのは、良い意味で未完成で、それゆえの自由度というのか、何でもアリ?そんないい加減さが、実は刺激的?で、それが極まっているコメディ・バレを聴いてみようかなと...
アンリ4世の宮廷で活躍したゲドロン、ルイ13世の宮廷で活躍したボエセに続いての、太陽王、ルイ14世の宮廷で権勢を誇ったリュリ。マルク・ミンコフスキ率いる、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルによる、リュリのコメディ・バレ集(ERATO/2294-45286-2)を聴く。
まず、コメディ・バレとは何か?バレ・ド・クールから派生したコメディ・バレは、その名の通り、喜劇的筋立てがあり、そこに歌とダンスが加わる、宮廷における余興(もちろん、"宮廷"における余興だけに、単なる余興とは訳が違う... )といったところだろうか、参加型イヴェントとしてのバレ・ド・クールとは趣を異にする。何より、コメディ・バレは、現代に通じるシアター・ピース足り得る性格を獲得したより近代的なもの... 宮廷で評判を取ったコメディ・バレを、パリの劇場に移して上演し、パリっ子たちを沸かした作品もあった。そんなコメディ・バレの第1作が、1661年、財務卿、フーケが、自慢の自邸、ヴォー・ル・ヴィコントに太陽王を招いて繰り広げられた饗宴(が見事過ぎ、太陽王の嫉妬を誘って、フーケはあえなく失脚... )で上演された『はた迷惑な人たち』。モリエールの台本に、リュリによる音楽(この作品には、太陽王の舞踏教師にしてコレオグラファー、バレエの基礎となる5つのポジションを生み出したボーシャンによる音楽も含まれる... )という贅沢なコラヴォレーション!このコンビは、その後も次々にコメディ・バレを生み出し、1670年の『町人貴族』まで、宮廷を大いに沸かせることになる。
というモリエールとリュリのコメディ・バレのハイライトを聴くのだけれど... まず、ゲドロン、ボエセと聴いて来てのリュリの音楽の力強さに、まさにバロックの到来を感じて、圧倒される。そこには、フランスにイタリア・オペラを持ち込んだマザラン(枢機卿、イタリアの出身で、わずか4歳で即位したルイ14世を補佐し、1661年のその死まで、宰相として権勢を誇った... )の時代を経ての、先進的なイタリアのスタイルを吸収したフランス音楽の進化が聴き取れて、より音楽的な芯の強さを獲得したその響きの雄弁さに、聴き入ってしまう。一方で、後のバッハら、18世紀のドイツ語圏の作曲家たちが、フランス風、フランス様式としてインスパイアされた荘重で流麗な響き、軽快なステップを踏むようなリズミックさがそこに表れていて、リュリにより確立されるバロックにおける「フランス」という個性が、初々しい輝きを放つ。リュリがフランス・バロックを大成させる前の30代、悲劇(トラジェディ・リリク)へと目を向ける前の喜劇(コメディ・バレ)に取り組んでいた時代、太陽王がまだ踊っていた頃(王は、1670年、32歳でバレエから引退... )で、ヴェルサイユ宮殿の規模もずっと小さかった頃、フランスの宮廷も若かった!そういう若さがコメディ・バレを形作っている気がする。時にその若さは、若いからこそのワル乗りともなり...
『エリードの王女』(track.2)からの「犬の飼育係の下僕の目覚め」では、その下僕が思いっきり寝惚けているし、『プルソニャック氏』(track.4)からの「もたもたしゃべる弁護士と早口の弁護士」の、"もたもた"と"早口"のヤリ過ぎはもうドタバタ... 『パストラル・コミック』(track.5)からの第2アントレ、魔法使いたちの珍妙なまじないもウケるのだけれど、『町人貴族』(track.)からの「トルコ人たちの儀式」では、大僧正を中心にさらに珍妙なやり取りが続き、ドタバタ感は極まる。が、鋭いボケと突っ込みにはスカッとするものがあって、最後はそのあたりを巧みに音楽に取り込んで、キャッチーでノリのいい音楽にまとめ上げてしまうから見事!このフレッシュだけれど、ちょっとカッコ悪いような感覚は、ある種の若者文化だろうか?慇懃であって疑わなかった宮廷文化に、若者文化のノリを見出すと、俄然、ヴェルサイユに違った風景が広がるようで、まったく興味深い。
そして、このコメディ・バレのハイライトを、活き活きと繰り出すミンコフスキ+レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル。1987年の録音ということで、彼らも若かった!いや、ピリオド切ってのアンファンテリブルだったミンコフスキの、水際立った指揮っぷり!こういうヤンチャな音楽をやらせれば、右に出る者はいない?たっぷりと表情を盛り込みつつ、切れ味鋭くモリエールの笑いを捉え、リュリの音楽を息衝かせる。スコアを単になぞるのではない、どうすれば笑いが本物になるのかを本能的に嗅ぎ付けるミンコフスキの鋭敏な感性には、感服させられるばかり... そんなミンコフスキの息衝く音楽に乗って、表情豊かに歌い上げる歌手たち、プルナール(ソプラノ)、メロン(ソプラノ)、ラゴン(テノール)ら、ピリオドで活躍したベテランたちの若き頃の瑞々しい歌声も聴きどころ。コメディ・バレの悪ノリをすっかり楽しんでいるようなところもあり、太陽王の宮廷の若さと共鳴するようなところもあって、眩しいばかり。このパっと花開いたような楽しさは、まさに春!
LULLY/COMÉDIES-BALLETS/M. MINKOWSKI
■ リュリ : コメディ・バレ 『恋は医者』 から
■ リュリ : 『魔法の島の歓楽』 第2日目 コメディ・バレ 『エリードの王女』 から
■ リュリ : コメディ・バレ 『ジョルジュ・ダンダン』 から 〔国王陛下のヴェルサイユの大ディヴェルティスマン〕
■ リュリ : コメディ・バレ 『プルソニャック氏』 から 〔シャンボールのディヴェルティスマン〕
■ リュリ : 『パストラル・コミック』 から
■ リュリ : コメディ・バレ 『町人貴族』 から 「トルコ人たちの儀式」
■ リュリ : コメディ・バレ 『気前のいい恋人たち』 から
イザベル・プルナール(ドゥシュ)
アニェス・メロン(ドゥシュ)
ジル・ラゴン(オート・コントル)
ミシェル・ラブレニ(ターユ)
ベルナール・ドゥレトゥレ(バス/ドウシュ)
ミシェル・ヴェルシェーヴ(バス/バス・ターユ)
フィリップ・カントール(バス)
マルク・ミンコフスキ/レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル
ERATO/2294-45286-2
■ リュリ : コメディ・バレ 『恋は医者』 から
■ リュリ : 『魔法の島の歓楽』 第2日目 コメディ・バレ 『エリードの王女』 から
■ リュリ : コメディ・バレ 『ジョルジュ・ダンダン』 から 〔国王陛下のヴェルサイユの大ディヴェルティスマン〕
■ リュリ : コメディ・バレ 『プルソニャック氏』 から 〔シャンボールのディヴェルティスマン〕
■ リュリ : 『パストラル・コミック』 から
■ リュリ : コメディ・バレ 『町人貴族』 から 「トルコ人たちの儀式」
■ リュリ : コメディ・バレ 『気前のいい恋人たち』 から
イザベル・プルナール(ドゥシュ)
アニェス・メロン(ドゥシュ)
ジル・ラゴン(オート・コントル)
ミシェル・ラブレニ(ターユ)
ベルナール・ドゥレトゥレ(バス/ドウシュ)
ミシェル・ヴェルシェーヴ(バス/バス・ターユ)
フィリップ・カントール(バス)
マルク・ミンコフスキ/レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル
ERATO/2294-45286-2
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