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カール5世、千々の悲しみ、皇帝の歌... [before 2005]

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さて、16世紀に踏み込みます。それは、輝かしきルネサンスが完成される頃...
ではあるのだけれど、ヨーロッパ情勢は一転にわかにかき曇り、苛烈な宗教戦争の時代へと突入する。そもそも、ルネサンスの輝かしき1ページとなるはずだった、ルターによる宗教改革(1517)。いつの時代にも言えることだけれど、保守はまったく頑なで、革新はとにかく拙速で、結局、良い結果など得られない。保守にしろ、革新にしろ、もっと柔軟性を持てたならば、歴史は、社会は、ずっと良いものになっていただろうに... と、つくづく思う。なんて小言はさて置き、16世紀。保守と革新は激しくぶつかり合い、「改革」なんて言葉は二の次となり、やがて暴力の応酬へ... そうした時代に、ヨーロッパを西へ東へと走り回った皇帝がいた。
ジョルディ・サヴァール率いる、ラ・カペリャ・レイアル・デ・カタルーニャとエスペリオンXXIによる、神聖ローマ皇帝、カール5世の生涯を、その宮廷で奏でられた音楽で綴る、"Carlos V Mille Regretz: La Canción del Emperador"(Alia Vox/AV 9814)を聴く。

とにかく、王子の中の王子とでも言おうか、カール5世(1500-58)の生まれ持ってのセレヴ度がズバ抜けている。ヨーロッパで最も高い地位にある神聖ローマ皇帝の孫で、世界で最も広大な植民地を有するカスティーリャ女王の長男で、ヨーロッパで最も裕福だったブルゴーニュ公国の継承者で... その生まれは、16世紀前半において、最も輝かしいものだったことは間違いない。で、そんな王子が生まれ育ったのが、フランドル!そう、ブルゴーニュ楽派の革新の拠点にして、やがてフランドル楽派をヨーロッパ中に送り出したルネサンス期における音楽のモードの発信地。また、絵画における北方ルネサンスの中心地であり、英仏がその領有を争った中世経済の中心地でもある。そんなヨーロッパ屈指の先進的な土地で育ったカール王子は、父の死により6歳でそのフランドルを継承。母方の祖父が亡くなると16歳でスペイン王(スペイン王としては、カルロス1世... )となり、翌年、フランドルからスペインへと渡る。19歳の時には父方の祖父が亡くなり、ハプスブルク家の当主としてオーストリアを継承し、神聖ローマ皇帝にも選出される。となれば、その人生はさぞかし満ち足りたものであったろう... いや、権力の座は何と虚しいものか、そんな雰囲気で始まるのは、サヴァールならではか...
1曲目、父方の祖父、神聖ローマ皇帝、マクシミリアン1世に仕えていたイザークの「絶望的な運命の女神」から、サヴァールならではの何とも言えず切ない表情が浮かび、美しくも寂しげなその歌声、演奏に、ちょっと胸が締め付けられるよう。ライヴァル、フランス王との絶え間ない抗争... ウィーンを包囲するまでに攻め込んで来るオスマン・トルコ... そして、泥沼の宗教対立により瓦解してゆく自身の帝国... 危機に次ぐ危機の中、ヨーロッパを忙しく行き来する人生は徒労に思えることもあったのではないだろうか?カール5世は、56歳の時、全ての地位を長男と弟に譲り、スペインのユステ修道院に引き籠ってしまうのだけれど、それを予感させる厭世的な気分が、このアルバムには常にどこかに流れている。もちろん、その誕生(track.5)はハッピーで、スペイン王への即位(track.6)は壮麗で、戦争(track.9)では勇ましく、結婚(track.10)は厳粛に、神聖ローマ皇帝への戴冠(track.13)は栄光に充ちて、その時、その時の情景を、鮮やかに描き出すサヴァール。一筋縄では行かないカール5世の生涯を、きっちりと年代を追いながら、1枚のディスクにギュっと収めてしまうから凄い。
そして、光る選曲!アルバムのタイトルにもなっているジョスカン・デ・プレの代表作、カール5世のお気に入りのシャンソンだったという「千々の悲しみ」(track.17)を、最愛の皇后の死に用いながら、カール5世の後半の人生の悲しみの場面で、ライトモチーフのように挿む。モラーレスによるミサ(track.14)で、ナルバエス(track.20)によるハープで、メロディーを借りて来てポリフォニーを編むルネサンスならではのスタイルを利用する巧みさ。それでいて、ジョスカン・デ・プレ、イザーク、ヴィラールトと、フランドル楽派の巨匠たちに、エンシーナ、ナルバエス、モラーレス、カベソンら、スペインの巨匠たちの作品が並び、フランスに勝利する場面では、ジャヌカン(track.9)も取り上げられ、16世紀前半のヨーロッパの音楽カタログを聴くよう。
というサヴァールのヴィジョンを、見事に形にした歌と演奏!壮麗にして憂いを含むラ・カペリャ・レイアル・デ・カタルーニャのコーラスに、古楽器ならではの渋さを愛でるように奏でるエスペリオンXXI。大きな規模で重量感を引き出しつつ、編成を絞って繊細な表情も紡ぎ出す縦横無尽さがあって。そこから滲み出す、カール5世の心象を映し出すようなトーン... まさに、サヴァールの真骨頂、その味わい深いサウンドは、歴史の重みと、人生の儚さを響かせ、心に沁み入る。で、遠い昔の皇帝に、思いを馳せる。豊かで洗練されたフランドルに育った王子が、やがて苛烈なバトル・ロワイアル(文字通り... )の中に放り込まれ、皇帝となって困難な中を戦い続け、最後は修道院へと辿り着く... 何と言うドラマだろう!

Carlos V Mille Regretz: La Canción del Emperador
LA CAPELLA REIAL DE CATALUNYA ・ HESPÈRION XXI ・ JORDI SAVALL


イザーク : 絶望的な運命の女神
作曲者不詳 : ブルゴーニュ人は言った 〔器楽演奏〕
作曲者不詳 : トゥルディオン 「クラレット・ワインを飲むと」
フアン・デル・エンシーナ : ヴィリャンシーコ 「運命の女神と連れ立つ愛の神は」
ジョスカン・デ・プレ : 国王万歳 〔器楽演奏〕
フアン・デル・エンシーナ : ヴィリャンシーコ 「世界中の全ての富を」
ジョスカン・デ・プレ : 5声のラ・スパーニャ 〔器楽演奏〕
作曲者不詳 : ヴィリャンシーコ 「あんまりの言い争いにうんざりして」 〔『王宮のカンシオネッロ』 から〕
クレマン・ジャヌカン/ティルマン・スザート : パヴァーヌ 「戦い」 〔器楽演奏〕
トワノ・アルボー : シャンソン 「生涯、私を虜にする麗しき人」
カベソン : 生涯私を虜にする麗しき人  〔器楽演奏〕
ヴィラールト : ナポリ風ヴィラネスカ 「何の値打ちもない」
作曲者不詳 : ファンファーレ
モラーレス : ミサ 「千々の悲しみ」 より サンクトゥス
パラボスコ : リチェルカーレ 第14番 「平安を与えたまえ」
モラーレス : モテット 「全地よ、神をたたえよ」
ジョスカン・デ・プレ : シャンソン 「千々の悲しみ」
マテオ・フレーチャ : 全ての良き戦士たちは 〔エンサラーダ 『戦争』 から〕
モラーレス : ミサ 「千々の悲しみ」 より アニュス・デイ
ジョスカン・デ・プレ/ナルバエス : 千々の悲しみ 〔皇帝の歌〕
モラーレス : モテット 「死の悲しみが私を取り囲み」

ジョルディ・サヴァール/ラ・カペリャ・レイアル・デ・カタルーニャ、エスペリオンXXI

Alia Vox/AV 9814

宗教戦争の16世紀、逃避的なヘブンリーさと、新しい時代の兆し。
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