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旧時代から新時代へ... ヴィルトゥオーゾたちの出現! [before 2005]

ところで、1780年代生まれの作曲家が気になる。
リース(1784-1838)、ウェーバー(1786-1826)と聴いて来て、ふと気付いたのが、ともに1780年代の生まれだということ。で、彼らがピアニストとしても活躍し、音楽シーンを賑わせていたこと... で、彼らばかりでなく、ソリストたちが、それまでになく華やかな注目を集めた19世紀... その、華麗なるヴィルトゥオーゾの時代の端緒を開いた存在たちが生まれたのが、1780年代という興味深さ... ショパンに影響を及ぼす、フィールド(1782-1837)や、リスト以前、最大の人気を誇ったカルクブレンナー(1785-1849)。ヴァイオリンでは、シュポーア(1784-1859)に、さらには「ヴィルトゥオーゾ」のアイコンとも言えるパガニーニ(1782-1840)と盛りだくさん!ロマン主義の青春の頃というのは、ヴィルトゥオーゾの時代の青春の頃と言えるのかもしれない。
ということで、今回は、「ロマン主義」と「ヴィルトゥオーゾ」を重ねて見つめるロマン主義の青春の頃... チャールズ・ナイディックのクラリネット、オルフェウス室内管弦楽団の演奏による、ウェーバーのクラリネット協奏曲集(Deutsche Grammophon/435 875-2)と、ギドン・クレーメルのヴァイオリン、リッカルド・ムーティの指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、パガニーニの4番のヴァイオリン協奏曲(PHILIPS/446 718-2)。現代のヴィルトゥオーゾたちによる妙技を楽しむ!


旧時代から新時代へ、過渡期をクラリネットが楽しく歌い上げる、ウェーバーとロッシーニ!

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19世紀前半、クラリネットのヴィルトゥオーゾとして活躍した、ハインリヒ・ヨーゼフ・ベールマン(1784-1847)。ウェーバーは、このヴィルトゥオーゾのために、2つのクラリネット協奏曲とクラリネット小協奏曲を作曲している。で、その3つのコンチェルトを聴くのだけれど... まずは、1811年に作曲された1番(track.1-3)から... オーケストラによる序奏は、ロマン主義的な不穏さ、芝居掛かった雰囲気の一方で、古典主義的なキビキビとした音楽を展開していて、過渡期的と言えるのかもしれない。が、クラリネットがメロディアスに歌い始めると、ロマン主義ならではの歌謡性が広がり、印象的。が、2楽章(track.2)では、モーツァルトの名曲を思い出すような、18世紀的なセンチメンタルが漂い、得も言えず美しく... モーツァルトのクラリネット協奏曲(1791)の20年後、『魔弾の射手』(1821)の10年前という微妙な距離感が、19世紀と18世紀のいいとこ取りのような形を生むのかも。そして、ロンドのリズムが弾ける終楽章(track.3)!フォークダンスでも始まりそうなキャッチーさは、気分を一転させて。また、そんなリズムに乗ってクラリネットが軽快に妙技を繰り出せば、まるでヨーデルでも聴くかのよう。
という1番に続いて、そのクラリネット協奏曲を生み出す切っ掛けとなった、ウェーバーによるベールマンのための最初の作品、クラリネット小協奏曲(track.4-6)が続き、最後は2番(track.14-16)のクラリネット協奏曲... で、これら全て、1811年に立て続けに作曲されているのだけれど、それぞれに微妙にテイストが異なっていて、興味深い。小協奏曲が18世紀的な古典主義のトーンをより濃くするならば、2番はベートーヴェン的古典主義を垣間見せていて、最もロマン主義を感じるのは1番だろうか... このあたりに、古典派の最後の巨匠、ベートーヴェンが健在であった19世紀初頭の過渡期なればこその新旧が混在するおもしろさを感じる。一方で、終楽章は決まってヴィルトゥオージティに溢れる華麗な音楽を繰り広げていて、ヴィルトゥオーゾの時代を目の当たりにすることに... それが最もよく表れているのが、ウェーバーのコンチェルトに挿まれて存在感を見せる、同時に作曲されただろうロッシーニによるクラリネットとオーケストラのための序奏、主題と変奏(track.7-13)。
ウェーバーとは違い、ヴィルトゥオージティこそ前面に押し立てるロッシーニの開き直り感というか、妙技でのみ編まれる音楽の在り様が圧巻!この突き抜けたヴィルトゥオージティの塊が、思い掛けなく爽快で、これがドイツ人とイタリア人の性格の違いだろうかと、何だか可笑しくなってしまう。何より、クラリネットという楽器がよりよく歌っており、歌うことに長けたイタリア人の本領発揮なのかもしれない。で、そうしたところに透けて見えるのは、18世紀のスター・カストラートによる妙技か?ロッシーニのクラリネットとオーケストラのための序奏、主題と変奏を聴いていると、19世紀のヴィルトゥオーゾたちの存在に、フランス革命以前、アンシャン・レジームの音楽シーンを彩っていてスター・カストラートの栄光が蘇るようで、興味深い。新たな存在としてのヴィルトゥオーゾたちが、実は旧時代の伝統を受け継ぐ存在であったと考えると、19世紀の音楽はまた違って見えて来る。
で、それを見事に今に蘇らせる、現代のヴィルトゥオーゾ、ナイディックの妙技たるや!軽々と超絶技巧が達成されて生まれる、突き抜けたポジティヴ感は癖になる。そんな、ナイディックの演奏をたっぷりと味わっていると、クラリネットがとにかく楽しく感じられる。こんなにも楽しい楽器だった?というくらいに... で、その楽しさを鮮やかに引き立てるオルフェウス室内管の活きのいい演奏!ウェーバーの瑞々しさ、ロッシーニのあっけらかんとした気分を際立たせ、最高に楽しませてくれる。

WEBER: CLARINET CONCERTOS, ETC.
CHARLES NEIDICH/ORPHEUS CHAMBER ORCHESTRA


ウェーバー : クラリネット協奏曲 第1番 ヘ短調 Op.73
ウェーバー : クラリネットとオーケストラのための小協奏曲 ハ短調 Op.26
ロッシーニ : クラリネットとオーケストラのための序奏、主題と変奏 変ロ長調
ウェーバー : クラリネット協奏曲 第2番 変ホ長調 Op.74

チャールズ・ナイディック(クラリネット)
オルフェウス室内管弦楽団

Deutsche Grammophon/435 875-2




新時代と旧時代のキメラ、ヴィルトゥオーゾ、パガニーニによる4番のヴァイオリン協奏曲。

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久々に聴くと、何だか面喰ってしまう、パガニーニの4番のヴァイオリン協奏曲(track.1-3)。冒頭の、オーケストラによる序奏の、何とも言えずチープな旋律が耳に飛び込んで来て、思わず眩暈を起こしそうになった。それはもう、東海テレビ制作の昼ドラ(『真珠夫人』とか、『牡丹と薔薇』みたいな... )が始まりそうな、そんなメロドラマちっくな展開で、聴いている方が気恥しくなってしまう。でもって、このオーケストラによる序奏がやたら長い!ま、パガニーニのいつものやり口ではあるのだけれど、この焦らしのスタイルがまたあざといようで、思わず苦笑してしまう。いや、ウケる、パガニーニ!で、これがまた、19世紀前半、大受けだったというのだから、ある意味、ヴィルトゥオーゾの時代の薄っぺらさというか、それに熱狂した聴衆の軽薄さというものを考えさせられるのだけれど... いやいや、今でこそ「クラシック」と偉そうに踏ん反り返っている音楽が、こうも聴衆を取り込もうと過剰にサービス満載で奏でられていたことに、音楽の在り方と言うものも考えさせられる。けど、ヴァイオリン・ソロが登場すると、空気がガラリと変わるところがあって... 技巧的でありながら、美しくあるヴァイオリン・ソロに惹き込まれる!
悪魔的とまで言われたパガニーニだけれど、その作品を、今、改めて聴いてみれば、やはりマジックを感じずにはいられない。ヴィルトゥオージティが極まるヴァイオリン・ソロの旋律が、一気に音楽を引き締めて、華麗なる緊張感を生むのだから... そして、ウェーバー、特にロッシーニで感じた、19世紀のヴィルトゥオーゾたちに透けて見える、18世紀のスター・カストラートの伝統... たっぷりと取られた序奏の後、印象的に舞台の中央へ登場し、劇場の視線の全てを浚って行く妙技。そこに、今は失われたスター・カストラートの記憶が蘇り、ある種のノスタルジーも滲むのか... 一方で、2楽章(track.2)の深くドラマティックな展開はロマン主義的でもあり、ヴァイオリン・ソロが超絶技巧に頼らずメローに歌い上げるあたりは、ロマン主義の歌謡性を物語るもので、ヴィルトゥオーゾの時代が新しい時代であることを雄弁に響かせる。が、続く、終楽章(track.3)では、ヴィルトゥオージティが一気に高まり、「ラ・カンパネッラ」によく似た音楽に彩られ、妙技による装飾で埋め尽くされる。それは、フランケン・シュタインとなって蘇ったスーパー・カストラートを見るようで、どこかグロテスクにも映るからおもしろい。
「ロマン主義」と「ヴィルトゥオーゾ」が継ぎ接ぎされて奏でられるパガニーニの特異なコンチェルトは、18世紀的なるものと19世紀的なるもののキメラのように感じる。それはまた、フランス革命後のスーパー・アンシャン・レジームというのか、失われた旧時代を、新時代が禍々しく復元した怪物?これもまた、過渡期なればこその産物なのだろう。そして、他の時代では生まれ出でないだろう代物であって... そこで繰り広げられる音楽の見世物小屋を覗くような感覚を素直に捉えると、ゾクゾクさせられるような魅力を感じてしまう。
で、心底、ゾクゾクさせてくれる、鬼才、クレーメルのすばらしいパフォーマンス!それは、超絶技巧を爽快に処理し、徹底した美音で捉えるパガニーニ... ある意味、パガニーニそのものを、そのまま響かせてしまうキワモノというのか... だからこそ、パガニーニのグロテスクでもある魅力が際立つようでもあり... そこに、また凄いスパイスを効かせるクレーメル自身によるカデンツァ!超絶技巧を解体して、特殊奏法に片足を突っ込んだような抽象的な世界を響かせるかと思いきや、「黒い瞳」のメロディが亡霊のように浮かび上がって、ここでもある種のキメラが展開されてしまうおもしろさ。クレーメルもまた、パガニーニに負けないマジックを見せつけて来る。そんな異様さの一方で、きっちりと華麗なるヴィルトゥオーゾの時代を描き上げる、ムーティの指揮、ウィーン・フィルの演奏!ムーティが醸す気取った雰囲気、古き良きウィーン・フィルの味わいが、かえってギミックにも思えて。それら全てが相俟って生まれる感覚は、思い掛けなく刺激的!

PAGANINI • VIOLIN CONCERTO NO.4 • SUONATA VARSAVIA
KREMER • WIENER PHILHARMONIKER • MUTI


パガニーニ : ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ短調
パガニーニ : ソナタ・ヴァルサヴィア

ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
リッカルド・ムーティ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

PHILIPS/446 718-2




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