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ウィーンからパリへ!オペラ『トーリードのイフィジェニ』。 [before 2005]

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満開の桜、見て来ました。いや、花咲ける季節!
桜ばかりでなく、あらゆる花が咲いていて... 電車に乗って、車窓から眺める風景の飽きないこと!ちょっとしたところに、綺麗な色を見つけて、次から次にそんな景色が続いて、改めて「春」って凄いなと感じ入る。さて、先月半ばから、じっくりと下って来たフランス音楽史。今回は、18世紀、パリの音楽シーンが満開を迎えた頃にスポットを当てる。それは、アンシャン・レジームの最後の花やぎ。1773年、オーストリア皇女、マリー・アントワネットがフランスに嫁ぎ、そのコネクションを利用して、ウィーンの宮廷楽長、グルックもフランスへ... リュリ以来の伝統を受け継ぎ、トラジェディ・リリクを進化させたグルックが、パリの音楽シーンにセンセーションを巻き起こす!
ということで、生誕300年のメモリアル、グルックの最も刺激的なパリ時代のオペラ... マルク・ミンコフスキ率いる、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル、ミレイユ・ドランシュ(ソプラノ)のタイトル・ロールで、グルックのオペラ『トーリードのイフィジェニ』(ARCHIV/471 133-2)を聴く。

グルックは、『オルフェオ... 』ではなく、『トーリード... 』です!と、強く言いたい。ウィーンでの宮廷楽長という権威あるポストに在っての仕事よりも、激戦のパリの音楽シーンに打って出てからのグルックこそが、本当にカッコいい!ウィーンの巨匠が守ることなく攻めまくって、贅沢にもヨーロッパ中の音楽の最も美味しいところを堪能していたパリの音楽ファンをあっと言わせてしまうのだから... そんな、グルックのパリ時代(1773-79)の最高傑作が『トーリードのイフィジェニ』(1779)。それは、今を以ってしても驚かされる作品で、18世紀、古典派の時代にあって、そうした時代感を超越する展開を見せていて... 冒頭のオーケストラによる序奏から、切れ目なく一気に繰り広げられるドラマのパワフルさたるや!ナンバー・オペラ全盛の時代にあって、そうした在り方をすでに否定し、さらには、全てのレチタティーヴォをアッコンパニャート(鍵盤楽器ではなく、オーケストラによる伴奏... )で、次の時代を予兆させるシェーナ(シーン)のように描き上げてしまう、恐るべき音楽密度!19世紀、ロマン主義の時代を彩った鬼才たち、ベルリオーズやワーグナーが大いにリスペクトしたというのも頷ける。
グルックの『オルフェオ... 』(1762)は、間違いなく傑作です。が、古典主義を極め切ったその音楽は、あまりに整い過ぎていて、もしかすると、グルック自身も息苦しいものを感じていたのではないだろうか?そして、『オルフェオ... 』の完璧を打破するために、グルックは前進するよりも後退してみせたように感じる。『トーリード... 』の冒頭の嵐の描写などは、激しさを増すとバロック的に感じる。が、その荒れ狂うあたりが、ポスト・バロックのムーヴメントのひとつである"疾風怒濤"を象徴するものであって... その荒ぶる音楽に、ゲーテなども影響を受け、古典主義から脱するヒントとしたことを考えると、グルックの"疾風怒濤"には、すでにロマン主義の萌芽が生まれていたと言えるのかもしれない。ベルリオーズやワーグナーが、パリ時代のグルックにインスパイアされていたことが、そのあたりを証明しているように思う。古典主義の時代、バロックの中にロマン主義の種を拾い上げたグルック... そんな風に見つめると、18世紀から19世紀へ、音楽史の連なりがとても興味深いものに見えて来て、何より音楽史におけるグルックの重要性というものを、改めて考えさせられる。いや、グルックは凄い!
そんな『トーリード... 』を、渾身の演奏で聴かせてくれるミンコフスキ+レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル。彼らならではのテンションの高さが、ドンピシャで"疾風怒濤"の気分と合致し、息を呑むドラマを聴かせてくれる。そして、そのドラマに魂を吹き込む歌手たち!悲運の王女、イフィジェニの、孤立無援の心細さと芯の強さを歌い上げるドランシュ(ソプラノ)、イフィジェニの弟、苦悩する王子、オレストの焦燥をリアルに歌い上げるキーンリーサイド(バリトン)、王子を献身的に支えるピラードの健気さを瑞々しく歌うブロン(テノール)と、総じてすばらしいのだけれど、特に、キーンリーサイドとブロンのやり取りは印象的。イタリア流のオペラ・セリア的なセレヴたちの華麗なる恋愛のもつれ... などは一切なく、そう言う点で地味?かもしれない『トーリード... 』ではあるのだけれど、オレストとピラードの間に垣間見える「ギリシアの愛」と言おうか、古典主義の時代の『ブロークバック・マウンテン』を匂わす2人のピュアな在り様が、思い掛けなく心に響くところがあって、何とも切なく... また、キーンリーサイドの声が、ヒース・レジャー思わせて、無骨な中にもナイーヴさを見せる役者っぷり!バリトンとテノールで、これだけの雰囲気を出せてしまうのかと、ちょっと驚かされる。だからこそ、より一層、引き立つ『トーリード... 』の物語。音楽的な革新性ばかりでない、このオペラの他のオペラには無い独特の佇まいに惹き込まれてしまう。
で、その物語なのだけれど、ギリシア悲劇の壮大な大河ドラマのエピローグ(だから地味?)にあたる、『トーリード... 』。オペラ・セリア(だけではないけれど... )の多くが題材を得ているギリシア悲劇の柱とも言えるアトレウス王家の呪わしい宿命、そのカタストロフ(リヒャルト・シュトラウスの『エレクトラ』が描く... )の後で、トーリードに流れ着いたオレスト(父を殺した母に復讐を遂げ、ギリシアから逃げて来た... )と、オーリードで死んだはず(というのも描くグルック... それが『オーリードのイフィジェニ』... )の姉、イフィジェニの再会という、アトレウス王家にとっての癒しがもたらされ... 最後は、困難を乗り越えて、姉弟が、故国、ギリシアへと帰ってゆく姿で幕となる。で、壮大な大河ドラマを描いた数々のオペラを振り返れば、そこに、より大きな感慨も... ギリシア悲劇の復活としての"オペラ"の最初の理念を思い返せば、『トーリード... 』は、そうしたオペラの帰結点にも思えて、ギリシアへと帰るフィナーレは、何か感動させられる。

GLUCK: IPHIGÉNIE EN TAURIDE
MARC MINKOWSKI


グルック : オペラ 『トーリードのイフィジェニ』

イフィジェニ : ミレイユ・ドランシュ(ソプラノ)
オレスト : サイモン・キーンリーサイド(バリトン)
ピラード : ヤン・ブロン(テノール)
トアス : ロラン・ナウリ(バリトン)
ディアヌ : アレクシア・クーザン(メッゾ・ソプラノ)
コール・デ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル(コーラス)

マルク・ミンコフスキ/レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル

ARCHIV/471 133-2




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