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"Baltic Voices"、北欧の万華鏡! [2005]

連日の高温注意報... やっぱり酷暑は既定路線か...
と、ぐったりな日々。音楽くらいは涼しげなものを!ということで、北欧の合唱作品を聴いてみることに。ところで、前回、聴いた、フィンランド出身、サロネンの音楽は、北欧というより、アメリカ西海岸を思わせるもの... グローバリゼーションは、クラシックの世界でも進んでいるのだな。と、ちょっと考えさせられたりする。いや、そもそも、クラシックという存在自体が、ユーロナイズされたものであって... 時代を遡って、古典派やバロック、ルネサンス期の音楽家たちは、ダイナミックにヨーロッパを移動し、モードを紡いでいたことを忘れるわけには行かない。となると、クラシックにおけるナショナリティは、どれほどの意味を持つだろうか?逆に考えさせられたりもする。つもり、北欧の音楽は涼しげ... というスタレオ・タイプって、どーなのよ?けど、やっぱり涼しげなのだよなァ。
ということで、2005年に完結した、ポール・ヒリアーが率いたエストニア・フィルハーモニック室内合唱団の好企画、合唱王国、北欧の、合唱作品尽くし、"Baltic Voices"のシリーズ、Vol.1(harmonia mundi FRANCE/HMU 907311)、Vol.2(harmonia mundi FRANCE/HMU 907331)、Vol.3(harmonia mundi FRANCE/HMU 907391)の全3作を、一気に聴き直す。


Vol.1、北欧の自然が歌になる!

HMU907311.jpg
「バルト」と一言で言えてしまっても、一括りにはできない。バルト海の北海岸はスウェーデン、東海岸はフィンランド、南海岸はエストニア、ラトヴィア、リトアニアのバルト三国が並ぶ... そして、民族、言語的には、ゲルマン系のスウェーデン、フィン・ウゴル系のフィンランド、エストニア、スラヴ系のラトヴィア、リトアニアと、また多彩。だけれど、"Baltic Voices"から聴こえて来るトーンというのは、ある種の北欧のイメージを裏切らない。一括りにはできないはずが、どれもクリアで素朴なハーモニーを響かせ、独特の瑞々しさを湛える。何だろう?この感覚... 「北欧」の自然環境の反映?国や民族ではなく、「バルト」の自然そのものが生む響きだろうか?
1曲目、クレークのダヴィデ詩篇(track.1-4)から、何とも言えない心地にさせられる。極東の島国とは別天地の、北欧の雄大な風景が、ア・カペラのコーラスに乗って、フワーっと立ち上がる!その、どこまでも見渡せそうな明瞭な響きと、人の声のやさしさとが相俟って、ただならず深い癒しをもたらしてくれる。クラシックは「癒し」... は、21世紀、お約束の構図となったわけだけれど、そういうありがちなレベルとは違う、北欧のア・カペラ... 「癒し」という状態が圧倒的だったりする。そして、何と言っても清々しい!その清々しさが極まって放つかのような、まるでオーロラのようなヴィヴィットさ!トルミスのラトヴィアのブルドン歌曲(track.10-15)の、そのブルドン=声によるドローンの、壮麗にして鮮やかなあたりは、惹き込まれる。人の声はどの楽器をも凌いでしまう。
もちろん、一括りにはできない「バルト」でもあって... バルトにはこんなにも作曲家がいたか?!と、改めて再確認させられる多彩なラインナップでもあり。ロルカの詩を独特のロマンティシズムで捉えるラウタヴァーラ(track.6-9)、いつもとは少し雰囲気を変えてリズミカルに数え唄のような音楽を繰り出すペルト(track.17)。それから、唯一、オーケストラ伴奏で、いつもながらの静謐にして、ドラマティックな音楽を聴かせてくれるヴァスクス(track.18)と、盛りだくさんなVol.1。

BALTIC VOICES 1 ESTONIAN PHILHARMONIC CHAMBER CHOIR・PAUL HILLIER

クレーク : ダヴィデ詩篇
サンドストレーム : 主よ、わが祈りを聞き給え 〔パーセルに基づく〕
ラウタヴァーラ : ロルカ組曲 Op.72
トルミス : ラトヴィアのブルドン歌曲
サンドストレーム : 我は足れり
ぺルト : ...which was the son of...
ヴァスクス : 我らに平和を *

ポール・ヒリアー/エストニア・フィルハーモニック室内合唱団
タリン室内管弦楽団 *

harmonia mundi/HMU 807553




vol.2、東方から吹く風に彩られて...

HMU907331
Vol.1がバルトの合唱作品のカタログだったならば、Vol.2はロシアやウクライナを加え、バルトのすぐ後ろに控えてバルトに様々に影響を与えたであろう東方の響きを滲ませ、また違った視点を見せてくれる。そして、北欧の雄大な自然に圧倒された後で、東方教会の聖歌のミステリアスな親密さを聴かせるあたり、絶妙の切り返しとなっているVol.2。その1曲目、エストニアのシサスク(b.1960)の、『祖国の栄光』からの5つの歌(track.1-5)がまず印象に残る。「東方」の色合いがおぼろげに浮かび、またそこに、よりフォークロワな感覚があって。どこか、日本の古謡を思わせ、そんなメロディに触れていると、懐かしさがこみ上げ、不思議(これは、天体観測からシサスクが編み出した5音階によるよう... )な心地に。何より、北欧の透明感と、東方的な親密感が織り成す音楽は、思い掛けなく雄弁で、静かな美しさを湛えながらも、壮大な歴史絵巻を見るような聴き応えがある。
で、より「東方」を意識させられるのが、ウクライナのグリゴリエヴァ(b.1962)。その「離脱の時」(track.8-12)の、ビザンティン聖歌を思わせる2曲目、頌歌(track.9)には、フルートの音が添えられるのだけれど、これがまたアラベスク!西洋的な美しい奏法とは違う、祭囃子を思わせるようなアグレッシヴなサウンドが、神秘的なア・カペラのハーモニーにスパイスを効かせ、絶妙。東方もさらに東へと、オリエンタルに彩られ、魅惑的。続く、シュニトケ(b.1934)の3つの聖歌(track.13-15)は、ロシア正教会、独特のトーンに包まれて、何とも言えないやさしい光を放つ。東方教会の濃密さと、ア・カペラの清廉さが紡ぎ出す、美しくも力強い響き... けして大作ではないけれど、この何気ない小品の楚々とした佇まいに、インパクトが生まれ、印象深い。
さて、東方一色ではないVol.2... 東方のトーンに彩られる中、北欧的なヴィヴィットさを聴かせるエストニアのトゥレヴ(track.6)、デンマークのノアゴー(track.7)の作品が際立ち。東方からのサウンドに挟まれて、北欧の色彩感はより瑞々しく輝き、魅了される。

BALTIC VOICES 2 ESTONIAN PHILHARMONIC CHAMBER CHOIR・PAUL HILLIER

シサスク : 『祖国の栄光』 より 5つの歌
トゥレヴ : そして静寂のなか
ノアゴー : 冬の聖歌
グリゴリエヴァ : 離脱の時 *
シュニトケ : 3つの聖歌

ポール・ヒリアー/エストニア・フィルハーモニック室内合唱団
ティート・ケゲルマン(テノール) *
ネーメ・プンデル(バロック・フルート) *

harmonia mundi/HMU 907331




vol.3、より現代的に... 広がる歌の可能性。

HMU90739105vo.gif
改めて"Baltic Voices"のシリーズを振り返ってみて、その広い視野に感服させられる。Vol.1のまさに「北欧」としての魅力、Vol.2の「東方」というエッセンス... そして、完結編、Vol.3は、より現代的な作品を並べて、これまで以上にヴァラエティに富む。ア・カペラの素直な魅力で聴かせて来たこれまでと違い、ささやきやら、シュプレヒシュティンメ、ヴォイス・パフォーマンスまで、より刺激的なバルトを繰り広げて、おもしろい!
その始まり、リトアニアのアウグスティナスの「足踏みしている花嫁」... コーラスを導くアンサンブルのユーモラスさ!パーカッションの朴訥としたリズム、リコーダーの飄々とした表情は、どこかアフリカっぽさを感じたり... ベースにあるのはリトアニアのフォークロワな音楽なのだろうけれど、思い掛けないイメージの飛躍に、つかみはOK!続く、ミニマリスティックな美しい女声によるコーラスによる、グズモンセン・ホルムグレンのステートメンツ(track.2)。まるで呪文のようにつぶやかれる"jump"の一語、その無機質で執拗な響きが、妙にヤミツキになってしまう... そして、音響系、サーリアホならではの、スペイシーな「夜、別れ」(track.3)。ヴォイス・パフォーマンスに、シュプレヒシュティンメ、「前衛」の時代が炸裂するベリマンの4つの驚きの歌(track.5-8)など、"ゲンダイオンガク"としての合唱の様々な展開が、バルトという枠組みで、いろいろ盛り込まれているあたりが興味深い。
そうした中で、最も印象に残るのがトゥールの瞑想(track.10)。中世を代表する神学者にして哲学者のひとり、カンタベリーのアンセルムスのラテン語のテキストを、サックス・クァルテットの伴奏で歌うという異色作。ラテン語によるコーラスは実に荘重でありながら、ビターなサックスの音が絡みつくように展開するあたり、ロックから現代音楽の世界に飛び込んで来たトゥールならでは... 冒頭のアポカリプティックに鳴るサックスからして、ただならない... で、コーラスを肴に、サックスを聴くような逆転の構図が、また新鮮だったり。
しかし、ヒリアーが率いた、エストニア・フィルハーモニック室内合唱団の縦横無尽さたるや!世界有数の室内合唱なればこその、ひとりひとりの音楽性の高さが、ちょっとしたニュアンスをより深く捉え、また、様々なスタイルの作品を、訳も無く器用に歌い切る... 創設者、カリユステからヒリアーに芸術監督が交替して、室内合唱の圧倒的な存在感に、洗練が加わり、フレキシブルさが加わり、その成果の集大成のようにも感じる"Baltic Voices"のシリーズ。改めて、魅了されてしまう。

BALTIC VOICES 3 ESTONIAN PHILHARMONIC CHAMBER CHOIR・PAUL HILLIER

アウグスティナス : 足踏みしている花嫁 *
グズモンセン・ホルムグレン : ステートメンツ
サーリアホ : 夜、別れ
マジュリス : 眩まされた眼は言葉を失う
ベリマン : 4つの驚きの歌 Op.51b
マルティナイティス : アレルヤ
トゥール : 瞑想 *
グレツキ : 5つのクルピエ地方の歌 Op.75

ポール・ヒリアー/エストニア・フィルハーモニック室内合唱団
エネ・ナエル(チェンバロ) *
トーヌ・ジョエサール(ヴィオラ・ダ・ガンバ) *
ネーメ・プンデル(リコーダー) *
レオノラ・パルウ(リコーダー) *
マディス・メッツァマルト(パーカッション) *
イリス・オヤ(パーカッション) *
ティート・ケゲルマン(パーカッション) *
カイア・ウルプ(パーカッション) *
ラシェル・サクソフォン四重奏団 *

harmonia mundi/HMU 907391


それにしても、多彩なるバルト!「北欧」なんて、安易なイメージで括れない世界... 一方で、「北欧」なればこその透明感にも貫かれていて... まったく不思議な存在感。そして、その不思議な存在感にただならず惹かれてしまう。"Baltic Voices"は、北欧を万華鏡のように見つめる、刺激的なシリーズだったのだなと、今さらながらに圧倒されてしまう。そして、人の声は、やっぱり凄い!




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