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初稿、ピリオド、オランダ人、 [2005]

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音楽史に、最も大きな影響を及ぼした存在は誰か?
ワーグナーだと思う。この人の徹底してた音楽世界が、19世紀、ヨーロッパ中に波紋となって広がり、ありとあらゆる音楽家にインパクトを与え、ワーグナーに溺れる者、反ワーグナーから新たな音楽を切り拓いた者... 様々なリアクションを巻き起こしたわけだ。それがまた20世紀前半まで、悩ましげに音楽史に取り憑いて、存在感を残したのは、驚くべきこと。他にそうした存在がいただろうか?近代以後、クラシックというジャンルでは、バッハの偉大さを讃え、モーツァルトの天才性に酔い痴れたわけだけれど、18世紀、バッハは極めてローカルな存在であり、モーツァルトに関しては、モーツァルトこそヨーロッパの諸相に影響を受けた存在であって... 改めて音楽史を丁寧に辿ってみれば、時代を揺さぶったワーグナーという存在は、希有であることは間違いない。
そして、2013年、ワーグナーの生誕200年のメモリアル... やっぱり、避けては通れない?ということで、2005年にリリースされて話題を呼んだ、ブルーノ・ヴァイルの指揮、WDRのピリオド・オーケストラ、カペラ・コロニエンシスの演奏で、ワーグナーのオペラ『さまよえるオランダ人』、初稿(deutsche harmonia mundi/82876 64071 2)による世界初録音を聴き直す。

ノルウェーの港町を舞台に繰り広げられる、呪われた幽霊船を巡る物語... として知る『さまよえるオランダ人』なのだけれど、ドレスデンで初演される2年前、1841年、パリにて完成されていた初稿は、スコットランドの港町が舞台。キャラクターの名前も英語風。ということで、興味津々で聴いた、ヴァイルの指揮、カペラ・コロニエンシスの、初稿による世界初録音。何より、ピリオド・オーケストラでのワーグナーの全曲盤というあたりが衝撃的で。おっかなびっくりで聴き始めたものの、その新鮮なインパクトに、一気に聴き切ったことを覚えている(と言っても、『オランダ人』は、ワーグナー比で驚くべき短さなのだけれど... )。そんな、初稿、ピリオド、『オランダ人』を聴き直したのだけれど、まだまだ新鮮!というか、ワーグナーの凄さを再確認してしまう!
しかし、ワーグナーにしてワーグナーではないような、不思議な重量感、というより軽量感?ピリオドなればこその、ある種のスケール・ダウンが、ワーグナーならではの聴く者を圧倒するサウンドを遠ざけてしまう。じゃあつまらないのか?というと、それが、俄然、ドラマの密度を濃くして、刺激的に仕上がっているからおもしろい。締まった編成と、ピリオドなればこそのクリアさが捉える、若きワーグナーの音楽。ドイツ、イタリア、フランスと、19世紀前半のオペラ・シーンを目敏く見つめつつ、自身が構築すべき音楽世界を模索する野心的な姿勢。そのバランスが絶妙... そんな『オランダ人』だろうか。また、初稿なればこその、作曲家の溢れ出す創意が切っ先鋭く表れているようで、後年のどっしりと構えた壮大な楽劇にはない、俊敏なドラマ運びに、息を呑む。そもそも1幕モノとして構想された『オランダ人』であって、休憩なしの上演も一般的ではあるが、より最初のヴィジョンに近い初稿の、無駄の無さが生むスピード感は、いつもより間違いなく増している。そこに、ワーグナーの新たな凄さを見出すのか。
"リング"も、当然、すばらしいとは思う。が、無駄の無い台本に、そのまま、ドラマが活きのいいまま、音楽を付けて生まれる緊張感。その弛緩する隙がない、全ての音にドラマが息衝いている状態に、圧倒されてしまう。短く、タイトに刈り込まれてこそ、より陰影を濃くする物語(救済無しのカタストロフ!)と、北欧の人知を越えたスケールを見せる雄弁さ!それは、"リング"では絶対に味わえない感覚... いや、これこそが、オペラにおける、結晶の状態なのかもしれない。ルネサンス期、フィレンツェのカメラータの面々が試行錯誤し、初期バロック、モンテヴェルディが挑み、18世紀、グルックが理想を追い求めた、歌と台詞の融合を、高次元に成し得た若きワーグナー... 『オランダ人』がこんなにも凄い作品だったとは、今さらながらに驚き、ただならず魅了されてしまう。
そんな『オランダ人』を掘り起こした、ヴァイル、カペラ・コロニエンシス。ハイ・クウォリティかつ、巧みにドラマを動かすこなれた感覚は、ピリオド界切っての老舗オーケストラならではのもの。それから、威勢のいいコーラス。WDRケルン放送合唱団と、プラハ室内合唱団によるジョイントは、クウォリティとドラマティックさを見事にバランス取って、大いに物語を盛り上げる。そして、歌手陣だが... スターが居並ぶわけではないけれど、それぞれが、中身の詰まったドラマを歌いつなぎ、ヴァイルの指向を見事に表現してすばらしく。そうして放たれる、ジャスト1841年の、ロマン主義の若々しさたるや!コワモテのワーグナーから解き放たれた、『オランダ人』の素の輝き!全てが、思い掛けない新鮮さに彩れて、ワクワクさせられる。

WAGNER Der fliegende Holländer Pariser Urfassung
Dürmüller ・ Selig ・ Stensvold ・ Weber
Cappella Coloniensis ・ Bruno Weil

ワーグナー : オペラ 『さまよえるオランダ人』 〔1841年、初稿〕

ドナルド : フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ(バス)
ゼンタ : アストリート・ウェーバー(ソプラノ)
ジョージ : イェルク・デュルミュラー(テノール)
メアリー : ジモーネ・シュレーダー(コントラルト)
ドナルドの船の舵手 : コビー・フォン・レンスブルク(テノール)
オランダ人 : テルイェ・ステンスフォルト(バリトン)

WDRケルン放送合唱団、プラハ室内合唱団
ブルーノ・ヴァイル/カペラ・コロニエンシス

deutsche harmonia mundi/82876 64071 2




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