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東洋と西洋を結ぶ、サヴァール... [2006]

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今、世界中で、ただならず「憎悪」が撒き散らされている...
それも、それらがほぼ同時期に始まっていることが、薄気味悪い。反日はさることながら、反米の規模は東南アジアからアフリカ大陸の西端まで広がり。それらを少し引いて見つめると、今、東アジアから西アフリカまで、地球を半周しそうな長さの「憎悪」の帯が存在していることになる。そして、これらの「憎悪」を掻き立てるツール、発端が、ネットであることに複雑な思いがする。グローバルな世界、世界中をつなぎ、より多様で自由な視点をもたらすはずのネットが、「憎悪」を媒介させ、暴力の引き金となり、世界に断絶をもたらそうとする現実。恐ろしいほどにグローバリゼーションが進み、ネットを介し世界は広がる一方で、人々の視野は狭まっているのか?
みんながみんな仲良くできるとは思わないけれど、それでも今の地球は、何とも息苦しい... 反日、反米ばかりでなく、ヨーロッパの金の問題もある。無知が招く憎悪、扇動される憎悪、金、金、金... 我々は何という時代に生きているのだろう... 国外ばかりでなく、国内も含め、改めて"今"を見渡すと、ゾっとする。
そんな2012年から、ちょっと逃避気味に時代を遡って、ネットなど存在し得ない頃、それでも"つながり"を見出す興味深いアルバム... 2006年にリリースされた、ジョルディ・サヴァール率いる、多彩な音楽家たちが結集しての特別編成のエスペリオンXXIによる、1200年から1700年までの、東洋と西洋の幅広い音楽で綴る"Orient - Occident"(ALIA VOX/AV 9848)を聴き直す。

オスマン・トルコの宮廷で、音楽はもちろん様々な芸術ジャンルで活躍した、モルダヴィア公、カンテミールによるカンテミルオウル手稿譜に収められたアラブの音楽。直にイスラム世界と対峙していた中世のイベリア半島の君主、カスティーリャ王、アルフォンソ10世が編纂した『聖母マリアのカンティーガ集』。ルネサンス前夜、イタリア、トレチェント(1300年代)の音楽から、中世のダンス・ミュージック、イスタンピッタ。様々に広がり、ヴァリエーションを見せるユダヤの伝承歌。モロッコからアフガニスタンまで、イスラム文化圏の音楽家たちによる音楽。とにかく幅広い音楽を集めた"Orient - Occident"。まさに東洋と西洋を混在させ、まとめ切れるのか?というくらいに盛りだくさんの音楽が並べられているのだが、文化、ジャンルの壁を物ともしないサヴァールのチャレンジングな姿勢と、どんな音楽を前にしてもまったく揺らぐことの無い強固な音楽性が、見事に1枚にまとめ上げてしまう、圧巻の1枚を今、改めて聴き直すのだけれど... ウーン、久々に聴いて、壁を感じさせることなくひとつに結ばれる東洋と西洋が生み出される深く、豊かなサウンドに痺れてしまう。
まず、始まりの、カンテミルオウル手稿譜からの「マカーム・ラースト・ムラッサ・ウスル・デュイェク」の、エキゾティックで、ふんわりと花やいで、軽やかで、どこか飄々としてもいる、何とも言えず調子のいい感じにすっかり魅了されてしまう。が、その後で、サヴァールが奏でる咽び泣くようなラバーブ(リュート属の楽器で、ヴァイオリンの遠い先祖?)の音色に導かれた『聖母マリアのカンティーガ集』からのドゥクツィア(track.2)、セファルディの伝承歌、"A la una yo nací"の重々しいメロディが続き、ズシりと歴史の重みを突き付けられるよう... そうしたトーンは、友好、共存ばかりでない、東洋と西洋のせめぎ合いが持つ厳しい側面を思わせる。
一方で、東洋と西洋の音楽が似ていることも興味深い点。もちろん、そういう選曲が成され、ひとつのアンサンブルによって奏でられていることもあるのだけれど... 例えば、カンテミールのような、東西を行き来した人生を持つ人物の存在は象徴的であり、故郷を追われたユダヤの人々の音楽の、様々な地域で影響し合う姿、ベルベルの人々の音楽に見るセファルディの影響(track.9)、イラクに渡りたっぷりとアラベスクなトーンを聴かせるイラクのユダヤ民謡(track.15)。さらには、『聖母マリアのカンティーガ集』のように、ヨーロッパにしてイスラム文化と接していた地域ならではの、非ヨーロッパ的なテイストがあって。ルネサンスを前に、東西の概念を超越している古代以来の地中海文化圏の性格を色濃く留めるイタリア、トレチェントの音楽があって。近代以前、かつて東洋と西洋には、多層的な性格を持つ音楽がたくさん存在していたことを知る。何より、その多層性が醸す深い味わいが、今という時代にとても新鮮に響く。文化、音楽は割り切れない... どこかで深く結び付いている... 結び付いてこそ魅力的な音楽が生まれることを、サヴァールは、静かにも、熱く、メッセージとして響かせる。
異文化との対話... サヴァールの繰り出すチャレンジングなアルバムは、常にこのメッセージに深く根ざしている。そして、"Orient - Occident"は、そうしたメッセージを最もダイレクトに形にしている。アフガニスタン、モロッコといったイスラム文化圏からの音楽家、さらにはイスラエルからも音楽家を招いての特別編成のエスペリオンXXIが、異文化との対話そのものだ。そして、サヴァールの下、見事にひとつのアンサンブルとしてハーモニーを生み出し。またそれが、サヴァールらしい落ち着きと深さを感じさせるものでもあって。けして大きなアンサンブルではないけれど、ひとりひとりの音楽家がそれぞれの文化に自信を持ってたっぷりと響かせるサウンドは実に雄弁であり、それらがひとつのハーモニーを織り成して生まれる感覚は、普段の古楽を聴く以上にジューシーで厚みを感じ、魅惑的。東洋だけ、西洋だけでは紡ぎ出されないであろう豊かな音楽に圧倒される。
何より、フォークロワな性格を持つ楽器群が奏でるオーガニックな音色!その音色が重なると、文化が洗練されてしまう以前の土に根ざした底知れないパワーを呼び起こし、まるで魔法。またその魔法が、どこまでが東洋で、どこからが西洋なのか、そうした境界を曖昧なものにしてしまうおもしろさ!文化の壁を越えて、ひとつの音楽に結ぶ"Orient - Occident"... 古楽界の巨匠、サヴァールのただならぬ音楽性と、並々ならぬスピリットを感じずにはいられない1枚。今こそ、聴きたい1枚。

ORIENT - OCCIDENT 1200 - 1700 ・ JORDI SAVALL
K. Arman, O. Arman, Y. Dalal, D. El Maloumi, P. Estevan, S. Hashimi, D. Psonis


カンテミルオウル手稿譜 から マカーム・ラースト・ムラッサ・ウスル・デュイェク 〔トルコ〕
アルフォンソ10世編纂 : 『聖母マリアのカンティーガ集』 から 第248-353番 より ドゥクツィア
セファルディの伝承歌 "A la una yo nací" 〔サライェヴォ〕
カステッロ・デ・ラ・プラーナ : アルバ 〔スペイン〕
ドリス・エル・マロウミ : 魂の踊り 〔モロッコ〕
イスタンピッタ 「ラ・マンフレディーナ」 〔イタリア、14世紀〕
ハレド・アルマン : "Laïli Djan" 〔アフガニスタン/ペルシャ〕

イスタンピッタ 「イン・プロ」 〔イタリア、14世紀〕
「風の踊り」 〔セファルディ/ベルベル(アルジェリア)〕
イスタンピッタ 「サルタレッロ I」 〔イタリア、14世紀〕
ディミトリス・プソニス : "Chahamezrab" 〔ペルシャ〕
剣の舞 〔ガリシア(スペイン)、13世紀〕
カンテミルオウル手稿譜 から マカーム・ニクリーズ・ウスル・ベレフサーン 〔トルコ〕
イスタンピッタ 「サルタレッロ II」 〔イタリア、14世紀〕

イラクのユダヤ民謡 "Ya Nabat Elrichan"/ヤイール・ダラル : "Magam Lami"
アルフォンソ10世編纂 : 『聖母マリアのカンティーガ集』 から 第105番 より ロトゥンデルス
カンテミルオウル手稿譜 から マカーム・ラースト・セマーイー 〔トルコ〕
イスタンピッタ 「トリスターノの嘆き」 〔イタリア、14世紀〕
ハレド・アルマン : "Mola Mamad Djânn" 〔アフガニスタン/ペルシャ〕
アルフォンソ10世編纂 : 『聖母マリアのカンティーガ集』 から 第77-119番 より サルタレッロ
カンテミルオウル手稿譜 から マカーム・ウザル・サキル 「鶴」 〔トルコ〕

ジョルディ・サヴァール(ヴィオール、ルバーブ、リラ)/エスペリオンXXI
ハレド・アルマン(ルバーブ)
オスマン・アルマン(トゥラク)
ヤイール・ダラル(ウード)
ドリス・エル・マロウミ(ウード)
ペドロ・エステヴァン(ダルブカ、タンボール、パンデレータ、リック・グンガ)
セイアル・ハシミ(タブラ、ザルバガリ)
ディミトリス・プソニス(サントゥール、サズ)

ALIA VOX/AV 9848




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