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ルソー、村の占い師。 [2007]

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ジャン・ジャック・ルソー(1712-78)。
というと、フランスの思想家にして、哲学者であり、『社会契約論』(1762)や、「自然に帰れ」のモットーに、18世紀、啓蒙主義を主導した百科全書派のひとりとして、何かと教科書でお馴染み... お馴染みなのだけれど、今一、何をした人かが掴みづらい印象もある。なぜか?単に勉強不足なだけ?個人的には、まず、それが、一番、デカいなと... さらに、ルソーが、思いの外、いろいろな事に手を出しているのも大きいのかも... 改めて、ルソーは何者か?と、その仕事を俯瞰すれば、ダ・ヴィンチに匹敵するようなマルチっぷりに驚かされることに... 恋愛小説、『新エロイーズ』(1761)は、当時、ベスト・セラー。それから、百科全書派のひとり、ということは、百科事典、『百科全書』(1751-72)の編纂に参加したわけで、博物学者でもあり、その延長線上で、植物学においても著作を残している。そして、当blogが、最も注目したい点が、音楽人としてのルソー... 『音楽辞典』(1767)を編纂しております。って、ルソーが網羅していたものの、スケールのデカさに、クラクラしてしまう。そして、ルソーは、作曲家でもあって... それが、片手間じゃなかった!
という、ルソーの、18世紀、フランス音楽に大論争を巻き起こし、新時代の到来を告げた作品... アンドレアス・ライズ率いる、カントゥス・フィルムス・アンサンブルの歌と演奏で、ルソーのアンテルメード『村の占い師』(cpo/777 260-2)を聴く。

バロックは、いつ終わったか?18世紀の折り返し地点である1750年のバッハ(1685-1750)の死は、実に象徴的なのだけれど、1750年以前がバロックで、以後が古典主義、なんて、そう安易なものではないのが音楽史の実... 1760年代から1770年代に掛けて巻き起こる疾風怒濤は、バロックの残り火であり... 一方で、1730年代にはヨーロッパを席巻していたナポリ楽派の明朗さは、古典派の感性を先取りしたもの... ある意味、18世紀の音楽というのは、バロックと古典主義のライヴァル関係によって織り成されたと言える。そんなライヴァル関係の沸点と言えるものが、フランスにおけるブフォン論争。17世紀後半、リュリにより確立されたフランス・オペラ、叙情悲劇=トラジェディ・リリク... 古典を題材(ギリシア悲劇の復活を目指したオペラの原点に忠実と言えるのかも... )に、歌と台詞の高いレベルでの融合(オペラ黎明期の語りながら歌う=レチタール・カンタンドの理想を形にしたとも言えるのかも... )を目指し、荘重にして、密度の濃いドラマを繰り広げるのだけれど、そうしたあたりが、次第に重苦しく感じられるように... そこへイタリアからの旅回りのバンビーニ一座がやって来る。彼らが上演したのは、古典ではなく、その当時の庶民の日常を切り取る、軽くて、楽しい、魅力的なアリアに彩られた、ナポリ楽派が主導するイタリアの最新のオペラ・ブッファ(+インテルメッゾ)。気詰まりだったフランスのオペラ・シーンにとって、それは、とても新鮮なものだったろう。当初、パリから北西へ100Kmほど行ったルーアンの街で公演していたバンビーニ一座だったが、評判はパリにも伝わったか?何と、トラジェディ・リリクの殿堂、パリのオペラ座からオファーを受け、1752年の夏、リュリの英雄牧歌劇『アシスとガラテー』(1686)の幕間劇として、ペルゴレージのインテルメッゾ『奥様女中』(1733)を上演。本編であるリュリの古典を霞ませる、一大センセーションを巻き起こす。そうして、ブフォン論争の火蓋は切って落とされた!フランスの伝統か、イタリアからの最新スタイルか、を巡って、フランス国内は真っぷたつ。それぞれ、国王派(バロック : ラモーをアイコンとしたナショナリスティックな守旧派... )、王妃派(古典主義 : ナポリ楽派のニュー・ウェーブに心酔、百科全書派に代表される啓蒙主義者... )を名乗り、もはや音楽の枠を越えて、新旧が大激突。1753年には、国王派のアイコン、ラモーを擁護する詩人、バロ・ド・ソヴォと、王妃派が招いたナポリ楽派のスター・カストラート、カッファレッリが決闘する事態に!いやはや、昔の人々は熱かった。で、その急先鋒に立ったのが、かのルソー... アンチ・ラモーの旗手!
というルソーが、『奥様女中』を目の当たりにし、新たなフランス・オペラの道を示そうと、勢い作曲したのが、ここで聴く、アンテルメード『村の占い師』。1752年の秋に、急場しのぎの形(序曲は既存の音楽の継ぎ接ぎで、レシタティーフはフランクールらによる... )で、フォンテーヌブロー宮で初演。翌、1753年、オペラ座での上演では、ルソーが全てを作曲し、大ヒット!で、その大ヒット、なかなか興味深い... というのも、ルソーの音楽が、必ずしもイタリア風というばかりではない点... というより、思いの外、フランスの伝統に則っている。村の... というだけに、フランスらしいパストラル=牧歌劇(イタリアにも牧歌劇はあったが、それは、完全に過去のものとなっていた... )がベースにしっかりとあり、そうした伝統的な素朴さを丁寧に活かしつつ、コランとコレット、村の若い恋人たちの他愛の無い恋の行方を、これまたフランスらしいメロドラマとして描き出す。そこに、フランス・オペラのお約束、バレエがあり、コーラスも登場して、ある意味、国王派でも、十分に許容できる内容だったと言えるのかもしれない。なればこその大ヒット(『村の占い師』は、19世紀に入ってからも、オペラ座の人気レパートリー!)だったか?しかし、その始まり、序曲の冒頭には、明らかに新しい時代を思わせる明快さに包まれて、まるで古典派の交響曲のよう... 幕が上がれば、全てではないものの、ナポリ楽派によるオペラ・ブッファに欠かせないレチタティーヴォ・セッコ(ブッファの軽妙さを引き立てる、チェンバロのセッコ=乾いた響きのみによる叙唱... )の影響を受けた、クラヴサンにより伴奏されるレシタティーフがアクセントを効かせ、ドラマをそこはかとなしに軽快に運ぶ... そして、第5場、コランのエール(track.10)、フィナーレ前のコレットのエール(track.23)には、イタリアのアリアのトーンが見受けられ、フランスとは一味違う艶やかさが印象的。さらに、バリトンが歌う占い師(コランとコレットの間を取成す... )には、バッソ・ブッフォ(オペラ・ブッファには欠かせない道化的バス歌手... )を思わせる雰囲気があって、こうしたあたりにもイタリアを見出せる。いや、なかなか深くイタリアを取り込んでいるルソー...
しかし、『村の占い師』の狙いは、あくまでも新たなフランス・オペラの道の摸索。イタリアのロジック、トーンを用いながらも、フランスらしさを殺さないルソー。コランが歌うロマンス(track.20)のメローさは、アルカイックにして、どこかメランコリックで、イタリアにはないものだし、「むすんでひらいて」の原曲なのでは?というパントマイム(track.21)の、やがて「むすんでひらいて」になるだろメロディーが表れると、つい一緒に歌ってしまいたくなるキャッチーさは、バロック以前(バレ・ド・クールとか?)のフランスの明朗さを思わせて... 大団円のフィナーレ(track.25)、みんなで歌うメロディーのキャッチーさは、ポップですらあって、シャンソンっぽい?明確にトラジェディ・リリクと一線を引くものの、もうひとつのフランス、バロックではないフランスらしさを提示する『村の占い師』。ちょっと下世話で、スラップスティックにドラマを盛り上げるイタリアのブッファとは違う、牧歌性に彩られた愛らしい恋の情景に、フランスのお洒落感がふんわりと広がる。いや、『村の占い師』、聴けば聴くほど、興味深い。ルソーは、イタリアを触媒にしながら、リュリ(イタリアの出身なのだよね... )によって確立されたフランス・バロックをしっかりと見据え、イタリア発のバロックがフランスを席巻する前の姿を蘇らせようとするのか?『村の占い師』が、古き良き時代を想起させるパストラルをベースとしているのも、そうした印象をより濃くする。だから、革新でありながら、何ともやわらかい。温故知新の魔法?そうして浮かび上がる、バロックvs古典主義、ブフォン論争の対立構造の複雑... いや、そこに、過去と未来が響き合う18世紀の深みを見る。
という、『村の占い師』を、スイス、バーゼル(ドイツ語圏にして、ドイツ、フランスとの国境の街... )にある、古楽/ピリオド系の名門音楽大学、スコラ・カントルム・バジリエンシスで学んだライズが、2001年に創設した、スイスのピリオド・オーケストラ、カントゥス・フィルムス・コンソートの演奏、カントゥス・フィルムス室内合唱団のコーラスで聴くのだけれど... 考えてみたら、ルソーはスイス人(ルーツはフランスだけれど、フランス語圏、ジュネーヴの生まれ... )でした。ということで、ある意味、極めてスイスな仕上がりと言えるのかも... ライズのアプローチは、スコラ・カントルム・バジリエンシス仕込みの、学究的な底堅さを見せ、地に足の着いた音楽を展開。そんなライズに応えるカントゥス・フィルムス・コンソートの演奏は、なかなかの骨太で、フランスとイタリア、さらに新旧の絶妙な融合の上に成り立つオペラを、思いの外、しっかりと音にして行く。が、フランスのふわふわ感を、もう少し出せたら良かったかな、とも... 一方、"村"の住人たち、ちょっぴり浮気なコランを歌うフェイファー(テノール)、そんなコランにやきもきのコレットを歌うビュルクナー(ソプラノ)、若い恋人たちを巧くまとめる占い師、ヴェーナー(バリトン)の3人の好演が光る!表情に富むも、何ともほんわかした雰囲気に包まれた彼らの歌いは、村ののんびり気分を絶妙に表現していて、ヴァトーの絵画を見るよう。しかし、この牧歌性、穏やかさに触れると、決闘にまで至ったブフォン論争の熱さをすっかり忘れてしまいそうになる。

Rousseau ・ Le Devin du Village ・ cantus firmus consort ・ Reize

ルソー : アンテルメード 『村の占い師』

コレット : ガブリエラ・ビュルクナー(ソプラノ)
コラン : ミヒャエル・フェイファー(テノール)
占い師 : ドミニク・ヴェーナー(バリトン)
カントゥス・フィルムス室内合唱団

アンドレアス・ライズ/カントゥス・フィルムス・コンソート

cpo/777 260-2





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