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ジル、モテ集。 [2007]

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中央集権国家、フランス。広く世界から見つめれば、それは特筆すべきことではない(って、日本もそうだしね... )。けれど、ヨーロッパというエリアから見つめると、まったく様子は異なる。ドーバー海峡を渡ったイギリスは、U.K. 連合王国だし、お隣、ドイツ、イタリアが統一されたのは、1871年と、意外と最近... でもって、スイス、ベルギーに関しては、異なる言語圏の連合体なわけで... そう、ヨーロッパでは、中央集権体制がちょっと珍しかったりする。だから、際立つ、フランスの存在... で、これは、音楽にも反映されていて、フランス音楽の歩みというのは、とにもかくにもパリへの一極集中であって... もちろん、太陽王(在位 : 1643-1715)の時代は、ヴェルサイユこそが中心であり、時代を遡って、中世末、百年戦争(1337-1453)の頃には、逆に、戦火を逃れ、多くの音楽家たちが各地へと散って行った。それでも、パリが王都として整備されるゴシック期、ノートルダム楽派の昔から、フランス音楽と言えば、パリの音楽だった。数多ある宮廷が競い合い育まれたドイツの音楽... 宮廷はもちろん、よりヴァラエティに富んだ場を生み出し輝いたイタリアの音楽を振り返れば、フランスにおけるパリへの一極集中は、明らかに特異だ。が、そんなフランスにもローカルな音楽シーンは存在した。
ということで、太陽王の時代、南仏で活躍した、美しいレクイエムで知られる、ジャン・ジルに注目... ギィ・ローラン率いる、フランスのピリオド・アンサンブル、レ・フェテ・ドルフェによる歌と演奏で、ジルのモテ集(K617/K617193)を聴き直す。

ジャン・ジル(1668-1705)。
南仏、プロヴァンス、ローヌ川左岸、アヴィニョンとアルルのちょうど中間点にある、古い街、タラスコン(怪獣、タラスク伝説のある!)に生まれたジル。同時代、ヴェルサイユの宮廷音楽を担ったエリート(世襲の音楽官僚... )たちと違って、貧しい家に生まれたジルは、地元の聖歌隊で歌うことが音楽への入口に... おそらく、ジル少年は、美しい歌声を響かせたのだろう、1678年、10歳の時、エクサン・プロヴァンスのカテドラル(司教座教会)、サン・ソヴェール大聖堂のメトリーズ(聖歌隊養成所)に送られ、大聖堂の楽長、ポワトヴァン(1646-1706)の下で学ぶ。さて、このポワトヴァンという人物、教育者としても優れており、その門下には、オペラ・バレでパリを沸かしたカンプラ(1660-1744)もいた。そんな師の薫陶もあり、1687年には、19歳にして、教える側に回り、また、オルガニストとしても仕事をこなし、研鑽を積むと、1693年、引退する師に代わり、25歳で、サン・ソヴェール大聖堂の楽長に就任。が、その待遇は、ジルの望むものではなく、1695年、職場放棄!勢い、プロヴァンスの西隣、ラングドック、地中海に突き出た港町、アグドのカテドラル、サンテティエンヌ聖堂の楽長になってしまう。さらに、その3年後、1698年、30歳、ラングドック、最大の都市、トゥールーズのカテドラル、サンテティエンヌ大聖堂の楽長に就任(前任が、兄弟子、カンプラ!)。しかし、身体の弱かったジルは、健康の面で常に問題を抱えていたようで、間もなく、プロヴァンスへの帰郷を考えるように... 1703年、故郷、タラスコンから程近い、アヴィニョンにポストを求め、移るも、なかなか巧く行かず、ジルの名を音楽史に刻んだ美しいレクイエムを遺し、1705年、37歳の若さで世を去る。が、ジルの音楽は、その死後、パリのル・コンセール・スピリチュエル(18世紀、パリの音楽シーンを牽引したオーケストラ... )で紹介され、人気のレパートリーに... 1774年の、国王、ルイ15世の葬儀では、ジルのレクイエムが歌われた(1664年のラモーの葬儀でも... )ほど!そんな死後を思えば、ジルが健康だったならと考えずにはいられない。フランスの音楽は、また違ったものとなったかもしれない。
でもって、ここで聴くのは、ジルのモテ(グラン・モテ、4曲と、プティ・モテ、3曲... )。つまり、"モテット"(は、イタリア語で、フランス語だとモテになる... )のことなのだけれど... カトリックでありながら、ローマ教皇庁からの自立を目指したフランスの宗教政策、ガリカニスム(イングランドの国教会に似て、国王が国内の教会を統括する... )の影響により、その典礼音楽にも独自性がはっきりと表れるフランスの教会音楽。その核たるミサは、ルネサンス以来の伝統を守り、ア・カペラで歌われるのが常(ガリカニスムがより先鋭化した太陽王の宮廷礼拝堂では、歌うことすらしなかった。という点は、プロテスタントにおける典礼と共鳴するところもあるのか... )。一方で、ミサを補足する、器楽伴奏を伴った聖歌、モテが、バロック期に発展。ドイツのプロテスタントの教会におけるカンタータのような役割を果たした。つまり、ジルが生きた時代、モテは、フランスにおける典礼の聴かせ所... そういう点で、フランスのモテは、イタリアのモテット(メインはミサを歌うことで、モテットは、あくまでその補足... )とは、また違った意味合いで歌われていたわけだ。そして、ジルのモテは実に魅力的だった!
始まりの、グラン・モテ「神の御名をほめたたえよ」(track.1-7)、プォプォプォプォー、ちょっと間が抜けた感じが味の、バソン(≒ファゴット)による序奏、その素朴なメロディーが、まず、ツボ。で、そのメロディーをテノールが朗らかに歌い出せば、教会音楽というより、まるで牧歌劇のよう。間もなく、コーラスが加わり、"グラン"の規模となるのだけれど、そこに仰々しさは無く、というより、ただただ、やさしい... バリトンとバスが歌う、第6曲(track.6)では、リュリのトラジェディ・リリクを思わせるシリアスさが漂い、音楽を引き締めて印象的なのだけれど、北のヴェルサイユの洗練とは異なる、南仏のローカル性が全体を包んで、得も言えず、のどやか。で、そののどやかさは、リュリがフランス・バロックを確立する以前の、フランスの音楽ののどかさ、ある種のユルさが残っているように感じられて... 先端を走っていないローカルならではのオールド・ファッションか?けれど、モードから距離を取った田舎の音楽は、かえって実直で、なればこそ、突き抜けてナチュラル!一方で、南仏の地理的なイタリアとの近さが反映されるようなところも感じられ... 続く、プティ・モテ「主に捧げよ」(track.8, 9)は、ソプラノがオルガンの伴奏で歌うのだけれど、オルガン伴奏というシンプルな形(つまり、その規模が"プティ"にあたる... )が、より歌を際立たせ、イタリアのアリアを思わせるトーンを生み出す。ローカルだからオールド・ファッション... しかし、ローカルだから中央のナショナリスティックな傾向には靡かず、結果、インターナショナルという... ローカルなればこそ、中央より先を行ってしまう感覚も包摂する興味深さ!こんな風にジルの存在を解析すると、バロック期の南仏が、俄然、刺激的な場所に思えて来る。いや、カンプラ、ラモー(1683-1764)をも輩出した南仏の音楽的素地は、ヴェルサイユ、パリに負けていない。そう思わせる、ジルの魅力的なモテなのである。
という、ジルのモテを、バロック期のプロヴァンスの音楽の紹介に力を入れる、エクサン・プロヴァンスのピリオド・アンサンブル、ローラン+レ・フェテ・ドルフェで聴くのだけれど... まず、レクイエムばかりが紹介されるジルだけに、それ以外の作品を聴けることが、貴重。いや、レクイエムとは違う、カテドラルの楽長、ジルの、普段の仕事を目の当たりにし、この作曲家の魅力をより感じられさえする(もちろん、レクイエムの美しさは変わりないけれど... )。そして、餅は餅屋!ジルの音楽の魅力、その"南"が持つ開放感を、心地良く引き出すローランの妙。ヴェルサイユの豪奢な編成とは違う、良い感じに片田舎感を醸し出し... おもしろいのは、その片田舎感に、ヴェルサイユには無い実直さを籠め、かえって地に足の着いた音楽を響かせるところ。規模が小さいからこそ、ひとつひとつの楽器の味わいがより感じられるレ・フェテ・ドルフェの器楽部隊。彼らの演奏を聴いていると、心がポカポカして来る。そうして、気分は、どこか"南"へと羽ばたくのか... そこに、美しい歌声を乗せる、ソリストたち!上品さと厳粛さを纏ったボヌールのソプラノ、少年のような純粋さを放つロンバールのオート・コントル(≒カウンターテナー)、芳しいノヴェリのテノール、表情に富むドゥリオのバリトン、リネンバンクのバス、それぞれに個性が感じられ、絶妙なアンサンブルを織り成す。一方、ひと癖あるのが、レ・フェテ・ドルフェのコーラス部隊... 間違いなく、粗い所、あります。が、そういう粗さも含めて、"南"なのか?という視点を持つと、粗さは、俄然、味になってしまうから、魔法。良い意味での田舎臭さを響かせて、ヴェルサイユの対極を見せてくれる。そうして、際立つ、ジルの素敵さ!ほのぼの、でありながら、何気にポップ!魅了されます。

JEAN GILLES Grands et petits motets

ジル : グラン・モテ "Laudate nomen Domini"
ジル : プティ・モテ "Afferte Domino"
ジル : グラン・モテ "Paratum cor meum"
ジル : プティ・モテ "Cantus dent uberes"
ジル : グラン・モテ "Lætatus sum"
ジル : プティ・モテ "Usquequo Domine"
ジル : グラン・モテ "Velum templi scissum est"

ロール・ボヌール(ソプラノ)
ジャン・フランソワ・ロンバール(オート・コントル)
ジャン・フランソワ・ノヴェリ(テノール)
ヴァンサン・ドゥリオ(バリトン)
ルネ・リネンバンク(バス)
ギィ・ローラン/レ・フェテ・ドルフェ

K 617/K 617193




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