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明日も元気であるために、パワー・ミュージック! [2010]

桜が散って、雪になって... 春なんだか、冬なんだか...
天気ばかりでなく、何かこう、いろいろな場面でスッキリできない日々を送る。そんな時に聴く、ベートーヴェン。1楽章でリフレッシュして、緩叙楽章で癒されて、終楽章でテンション上げて... 音楽がもたらす高揚感やら何やらで、スッキリできない日常を忘れてみる。ならば、また明日も迎えられるか?なんて、自身のベートーヴェン浸けの今日この頃を振り返ると、実は、中毒?とも思ったり。よく音楽から元気をもらう... なんてことがあるけれど、この頃は、音楽の中毒性について、ちらりと考えてみたり。ある種の麻薬的効果って、あるよなぁ。
そんな、麻薬的ベートーヴェン...
イタリア・ピリオド界切っての革命児、ジョヴァンニ・アントニーニと、バーゼル室内管弦楽団によるベートーヴェンのツィクルス、第3弾、5番、「運命」と、6番、「田園」の交響曲(SONY CLASSICAL/88697648162)。兄ばかりでない、弟もじわりじわりと存在感を示しつつあるヤルヴィ家の次男、クリスチャンと、彼が率いた、トーンキュンストラー管弦楽団によるマーラー版の第九(PREISER RECORDS/PRCD 90773)を聴く。


バロック・ロック、アントニーニ版(?)、「運命」、そして、「田園」。

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ヤリ過ぎを、見事にやり切って、衝撃的だった第1弾、OEHMSからの、1番と2番(OEHMS CLASSICS/OC 605)。どういうわけか、レーベルをSONY CLASSICALに移しての第2弾、3番、「英雄」と、4番(SONY CLASSICAL/88697192522)。が、そこには、少し足下を見るような、迷いもあったか?アントニーニ+バーゼル室内管によるベートーヴェンのツィクルスは、何かとハラハラさせられる。しかし、その最新作、第3弾、5番、「運命」と、6番、「田園」は、前作の迷いを吹っ切って、これぞアントニーニ!ジャジャジャジャーン。から、バロック・ロックの伝説を作ったアントニーニならではのセンスが炸裂する。
このツィクルスは、ピリオドとモダンによるハイブリットで展開されているわけだが、第3弾にして、よりピリオド・シフトとなったのか?ベートーヴェンも、バーゼル室内管も、ぐんとアントニーニの領域へと引き摺り込まれて、そのサウンドは、第1弾以上にプリミティヴに尖がっているよう。が、尖がりながらも方向性は定まったか、揺るぎなさすら感じられて、独特の音楽世界が展開される。
ピリオドとモダンを器用に行き来するバーゼル室内管。作品によっては、完全に楽器を持ち替えてしまうこともするだけに、ピリオド・シフトも無理がない。それどころか、アントニーニのヤリ過ぎ(?)も、余裕綽々で形にして、他では聴くことのできないベートーヴェン像が立ち現れる。そうして聴こえてくるのは、18世紀生まれの古典派の作曲家、ベートーヴェン。さらには古典派すら飛び越えて、バロックの内でベートーヴェンを展開してしまうような、エキセントリックさもあり。ジャジャジャジャーン。の外連(けれん)が、意外にもバロックと合うからウケる。
アントニーニのバロック・ロックが、ベートーヴェンでも的を得て、ハイテンションでスリリングに展開されれば、おもしろくて仕方ない。ストイックにオリジナル主義... とも違う、ライトなサウンドでスポーティーに展開する現代風でもない、ピリオド云々を超えて、ギミックでロックなベートーヴェン。オールド・ファンには悪い冗談のように映るかもしれない。が、アントニーニ+バーゼル室内管のベートーヴェンには、彼らなりの熱い魂が籠っていることは間違いない。それが、多少、不器用に映っても、優等生なクラシックでは生み出し得ない、ソウルフルなベートーヴェンをしっかりと楽しませてくれる。
さて、「運命」ならともかく、「田園」でそういうセンスはあり得るのか?と思いきや... アントニーニが伝説を作ったヴィヴァルディの『四季』ばりの描写力で、グイグイ描いてしまうから、またおもしろい。そうして描かれた田園風景は、パワフルに劇画タッチ!アントニーニでなければ到達し得ない風景だ。

GIOVANNI ANTONINI Kammerorchester Basel BEETHOVEN Symphonies 5&6

ベートーヴェン : 交響曲 第5番 ハ短調 Op.67 「運命」
ベートーヴェン : 交響曲 第6番 ヘ長調 Op.68 「田園」

ジョヴァンニ・アントニーニ/バーゼル室内管弦楽団

SONY CLASSICAL/88697648162




オリジナル主義?クリスチャン・ヤルヴィの、マーラー版、第九。

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クリスチャン・ヤルヴィ+トーンキュンストラー管による第九は、マーラー版。さすがはマーラーのメモリアル... 興味深いアルバムがリリースされる!ということで、大いに気になるそのマーラー版。どうしてもイメージしてしまうのは、マーラーの交響曲... あの濃厚なる独特の音楽世界が、ベートーヴェンを、第九を、どう浸食してくるのだろうか?いや、ベートーヴェンが、第九が、ウィーン世紀末風に装飾されて響いたならば、どんな心地がするのだろうか?と、興味津々なのだが、意外にあっさりとした仕上がりのマーラー版。同じ作曲家として、オリジナルに深く踏み込むということは避けたかったのか?あくまでも、19世紀前半、ベートーヴェンの時代のオーケストラと、ウィーン世紀末、マーラーの時代のオーケストラの進化の溝を埋めようという、現実的な問題に対応するためのアレンジに留まっているのが、若干、もどかしくもあり。しかし、間違いなく音は増えている!
その増えた音には、オーケストラの進化だけでなく、ベートーヴェンとマーラーの間の音楽そのものの進化、ドイツ音楽の系譜をも盛り込むようなところがあって、シューベルト?ワーグナー?ブラームス?なんてイメージが過るのもおもしろい。一方で、そこからベートーヴェンのオリジナルを振り返ってみれば、そのストイックさ、質実剛健さを、改めて思い知る。クラシックの核たるドイツ語圏の音楽とはいえ、ライン(ベートーヴェン)とドナウ(マーラー)では水が違うのか... マーラーによるアレンジが、かえってベートーヴェンのオリジナルを、際立たせるようにも感じる。ひとつの作品でありながら、両者が融け込むことは無いようにすら感じてしまう。さり気なく煌びやかになり、よりドラマティックにもなっているようで、骨たるベートーヴェンの頑な響きは、しっかりと見えてくる。そこには、クリスチャン・ヤルヴィの希有なセンスもあるのかもしれない。
ところで、クリスチャン、オリジナル主義、ピリオド寄りの演奏も、お手のもの?実は、ピリオドも対応可なバーゼル室内管のミュージック・アドヴァイザーを務めている。となると、トーンキュンストラー管のサウンドも、タイトに引き締まって、ヴィブラートすら抑え気味。マーラー版、第九だけに、オールド・ファッションなサウンドが展開しそうなのだけれど、そうはいかないクリスチャンのセンス。3楽章(track.3)の夢見るようなアダージョですら、さらりと演奏されて、驚いてしまう。
マーラー版というオリジナルとは違う第九でありながら、オリジナル主義的なサウンドで捉えるクリスチャン。そのパラドックスを抱えた不思議な感触に、何だか煙に巻かれた感覚もあるのだが、素直にその煙に巻かれてみれば、演奏そのものすばらしさが浮き上がって。合唱が加われば、掛け値無しに盛り上がる!ライヴ盤ならではの魅力か。そして、元気が出る!第九というのは、パワー・ミュージック!

BEETHOVEN 9. Symphonie arr. MAHLER

ベートーヴェン : 交響曲 第9番 ニ短調 Op.125 「合唱」 〔マーラー版〕

ガブリエレ・フォンターナ(ソプラノ)
バルバラ・ヘルツル(アルト)
アルノルト・ベズイエン(テノール)
ラインハルト・マイヤー(バス)
スロヴァキア・フィルハーモニー合唱団
クリスチャン・ヤルヴィ/ニーダーエースターライヒ・トーンキュンストラー管弦楽団

PREISER RECORDS/PRCD 90773




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