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アンティークに響かせて... [2009]

時折、戸惑いを覚えるのが、フォルテピアノの存在。
モダンのピアノとは間違いなく違う音がする... けれど、名前を変えるほど、違う楽器なのか?と。
というのも、今や、"ピリオド"の理念は、20世紀初頭にまで達し、現在に至るピアノという楽器の歴史は、18世紀前半、クリストフォリによるその誕生から、進化のグラデーションとして聴けるようになりつつある。となれば、そのグラデーションの、どこで線を引いて、フォルテピアノとするかの、モダンのピアノとするのか。便宜的に線を引いたとしても、線のこちら側と向こう側で、どれほどの差を示せるのか?
「フォルテピアノ」というワードは、とても便利だが、"ピリオド"の理念を鑑みれば、実はそぐわないワードなのかもしれない。なんて、考えてしまったのは、19世紀前半のピアノで、ベートーヴェンとショパンを聴いて...
ベートーヴェンはフォルテピアノ?ショパンはピアノフォルテ?そういうことになるのか?その間に、大きな差はないけれど。一方で、はっきりと言えることは、"ピリオド"だからこそのトーンと、そのトーンに触れて、瑞々しさを取り戻す作品の表情。モダンのピアノでは体験し得ない感触と発見。
ということで、1819年製、コンラート・グラーフのレプリカで弾く、ブラウティハムのベートーヴェン、ピアノ・ソナタ集vol.7(BIS/BIS-SACD-1612)と、1836年製、プレイエルで弾く、スホーンデルヴルトのショパン、バラードと夜想曲集(Alpha/Alpha 147)を聴く。


1819年製、コンラート・グラーフで、ベートーヴェン...

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最初の一音を聴いて、モダンのピアノでは味わえない、アンティークなトーンに、ヤラれてしまう。
これまでも、"ピリオド"のピアノでの、ブラウティハムによるベートーヴェンのピアノ・ソナタは、聴いて来ているのだけれど、1曲目、26番、「告別」の、印象的な始まり... 音楽以前に、ピアノ、そのものの音を味わう出だしに、まさにベートーヴェンが生きていた時代のサウンド、その深い味わいに、感じ入らずにいられない。くぐもったようでもあり、だからこそ温もりを感じる響き。作品を鋭角的に捉えるのではない、独特の印象をもたらすその効果は、作品に何とも言えない雰囲気を与える。
が、ブラウティハムのアプローチは、それに抗うように徹底的にクリアでもあって... 音符と音符を絶妙に滲ませる"ピリオド"のピアノと、きっちり整理して、ひとつひとつの音符を丁寧にサウンドにして来るブラウティハムのバランスが生み出す響きは、イメージを固めてしまうのではなく、めくるめく万華鏡のように次から次へと表情を紡ぎ出していくよう。それにしても、誰が弾いても綺麗に響くモダンのピアノとは違い、一筋縄ではいかないであろう"ピリオド"のピアノを前に、一点の迷いもなく、明確な音楽を切出して来るブラウティハムのテクニック、音楽性に、やはり、感服させられる。変に気負うでもなく、全てがあまりにナチュラルで、とにかく耳に心地よい。そうして聴く「告別」(track.1-3)は、この作品が持つ、より古典派的な佇まいが際立ち、古典派、最後の巨匠、ベートーヴェンの端正な音楽を再確認させられる思い。
さて、ブラウティハムによるベートーヴェン、ピアノ独奏曲全集のシリーズも、vol.7を迎え、32曲あるピアノ・ソナタも、29番へ至り(28番はvol.8に持ち越しか?)、中期から後期のソナタへ... シリーズは、佳境に入って来た。となれば、作品も次第に深化とスケール感を増し... そうした中での、vol.7のメインとなるのか、大作、29番、「ハンマークラヴィーア」(track.6-9)が、凄い。 フレッシュさと疾走感が印象的だった前作、「ワルトシュタイン」、「熱情」が取り上げられたvol.6(BIS/BIS-SACD-1573)の勢いをそのままに、さらに精緻さを極めたブラウティハムの両手から繰り出される、華やかで、シンフォニックで、めくるめくサウンドは、圧巻!まるで、ショパンを匂わせるようなセンチメンタルな3楽章(track.8)の、豊かな表情がある一方で、終楽章(track.9)のフーガが放つ、渦巻くサウンド、うねる音楽に、溺れ、酔わされる感覚がたまらなく。そんな演奏を聴いてしまえば、最後の3つのピアノ・ソナタへの期待は、高まるばかり。

Beethoven ・ Complete Works for Solo Piano (7) ・ Brautigam

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第26番 変ホ長調 Op.81a 「告別」
ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第27番 ホ短調 Op.90
ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 Op.106 「ハンマークラヴィーア」

ロナルト・ブラウティハム(ピアノ : 1819年製、コンラート・グラーフ、レプリカ)

BIS/BIS-SACD-1612




1836年製、プレイエルで、ショパン...

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ベートーヴェンの後でショパンを聴けば、そのスウィートさに、ヤラれてしまう。
1曲目の前奏曲から、なんと瑞々しいのだろう... ちょっと、ドビュッシー?なんて、思えなくもない出だしに、"UNE FLÛTE INVISIBLE... "(Alpha/Alpha 096)で聴かせた、スホーンデルヴルトのドビュッシーの演奏を思い出す。"ピリオド"のピアノの持つノスタルジックなトーンを借りて、作品を薫らせてくるような、この人ならではのピアニズム。薫りに心地よく酔わされて、たゆたう感覚というのか、自由にイマジネーションが広がって... スホーンデルヴルトが紡ぎ出すショパンは、「バラード」と「夜想曲」というあたりが、よりそうした感覚を強くもし。それでいて、ショパンならではのメローさに、ポジティヴにチープな色合いも滲み、たまらなくムーディー。ショパンの時代のサロンの気だるさ?みたいなものを描き出すのか、魅惑的。
スホーンデルヴルトのショパンというと、2003年にリリースされた、踊れる(踊ったであろう... )ダンス・ミュージックとしてのマズルカ、ワルツ集(Alpha/Alpha 040)が話題を呼んだわけだが、このバラードと夜想曲集でも、19世紀の「リアル」として、ショパン作品が切り取られ、新たな表情を見出すよう。"クラシック"という額縁に閉じ込められた音楽ではない、リアルなショパン像には、「ピアノの詩人」が放つ輝きばかりでない、澱のようなものも漂い。"ピリオド"のピアノが、またそうしたあたりを、あざとく拾うようなところがあって。このアルバム、独特の、夢想する感覚に、ダークな色合いを加え、スウィートでありながらも、どこかビターなのが、印象的。そこに、ドビュッシーに通じるような、ある種のダンディズムを嗅ぎ取り、また興味深い。
そうした、一筋縄ではいかないイメージを生み出して来るスホーンデルヴルトのセンスは、見事で。「ピアノの詩人」を、「ピアノの小説家」にヴァージョン・アップしてしまうかのよう。お馴染みの作品、そうでもない作品、丁寧に並べて、最後は映画『戦場のピアニスト』で、一躍、人気曲になった夜想曲(track.9)で締めて、絶妙な構成を見せるアルバム... それを通して聴けば、何か、小説でも読むような感覚と、音楽の深まりを味わい。聴き終えた後には、しっかりとした読後感のようなものが、ぼぉっと、心の中に残るよう。
"ピリオド"のピアノでショパンを聴く... ということが、まず大きなテーマとしてありながらも、このアルバムの楽しみは、もっと純粋に、音楽そのものであったように感じる。またそれを実現したスホーンデルヴルトの音楽性に、改めて感服させられ、またひとつ、ショパンのアルバムを期待してみたくなってしまう。

CHOPIN Ballades & Nocturnes
Arthur Schoonderwoerd


ショパン : 前奏曲 第25番 嬰ハ短調 Op.45
ショパン : バラード 第1番 ト短調 Op.23
ショパン : 夜想曲 第3番 ロ長調 Op.9-3
ショパン : バラード 第3番 変イ長調 Op.47
ショパン : 夜想曲 第1番 変ロ短調 Op.9-1
ショパン : バラード 第2番 ヘ長調 Op.38
ショパン : 夜想曲 第2番 変ホ長調 Op.9-2
ショパン : バラード 第4番 ヘ短調 Op.52
ショパン : 夜想曲 第20番 嬰ハ短調 「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」 KK.IVa-16, BI.49

アルトゥール・スホーンデルヴルト(ピアノ : 1836年製、プレイエル)

Alpha/Alpha 147




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