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悲劇女優。再び... [2009]

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"TRAGÉDIENNES"(Virgin CLASSICS/346762 2)、忘れ難いアルバムのひとつ...
フランス・オペラ、創成期... その歴史を俯瞰する、見事なアリア集を聴かせてくれたフランスのソプラノ、ヴェロニク・ジャンス。そして、見事にジャンスをサポートし、雄弁にフランス音楽史を綴って見せた、フランスを代表するピリオド・オーケストラのひとつ、クリストフ・ルセ率いる、レ・タラン・リリク。資料的価値と、クウォリティの高いパフォーマンス... ともに、1枚のアルバムに実現させて、驚かされ、聴き入り、その"TRAGÉDIENNES(悲劇女優たち)"の世界に、すっかり魅了されて... あれから3年、続編が登場?!と聞いて、テンションは上がってしまう。ということで、バロックから古典派の始まりまでを歌った前作の、その後を綴る、ジャンスによるフランス・オペラ・アリア集、"TRAGÉDIENNES 2"(Virgin CLASSICS/216574 2)を聴く。

フランス・オペラ史の第1章... リュリに始まる、トラジェディ・リリク=抒情悲劇の伝統を、グルックまで、見事に追った前作。今作では、ラモー、最晩年の作品(1760年のコメディ・バレ 『遍歴騎士』)とともに、グルックはもちろん、そのライバルに祭り上げられることになるピッチンニの作品。そして、古典派全盛、革命前の華やかな1780年代。ロマン主義がすでに滲み出す、革命期の激動の時代。さらには、その後の19世紀半ばまで、一気にトラジェディ・リリクの歴史を下っていく。のだが、まず、その、フランス・オペラ史の第2章が、外国人によって綴られていくあたりが、興味深く...
パリこそ、音楽の都。だからこそ、ヨーロッパ中から作曲家が集まり、パリでの名声=国際的な名声を得ようと凌ぎを削った時代。バイエルン生まれで、イタリアでキャリアを積んだ、ウィーンの巨匠、グルック(1714-87)。南イタリアの生まれで、ナポリ楽派を代表する巨匠としてパリにやって来たピッチンニ(1728-1800)。フィレンツェ生まれで、ナポリ楽派として国際的に活躍したサッキーニ(1730-86)。フランスの新たな伝統、オペラ・コミックの草分け的存在となる、フランス語圏出身のベルギー人、グレトリ(1741-1813)。フィレンツェ生まれで、やがてパリの楽壇を牛耳るケルビーニ(1760-1842)。と、リュリ以来のフランス・オペラの伝統、トラジェディ・リリクを取り上げながら、"TRAGÉDIENNES 2"に収録された作曲家たちは、ラモーとベルリオーズを除いて、全てが外国人だったりする。が、そんな外国人が紡いだフランス音楽史を、丁寧にまとめて、ダイジェストとして聴くことができるこのアルバムの意味合いは、極めて大きい。前作に続いて、またもや、しっかりと音楽史を勉強できてしまう構成に、頭が下がる。のだが、けして、つまらないアルバムにはしてこない、ジャンス、ルセのコンビ。その、絶妙なるバランス感覚と、すばらしいセンス!
ギリシア悲劇の復興(本来、オペラそのものがそうであったはずだが... )としてのトラジェディ・リリクの精神を凝縮した"TRAGÉDIENNES"シリーズ。その格調高いドラマティシズムの魅力は、ジャンスの、端正かつ上品さを失わない歌声だからこそ、より活きて。悲劇の一瞬一瞬を息づかせ、華麗さに躍ってしまう同時代のイタリア・オペラとは違う、フランスならではのリアリスムが美しく輝く。何より、最初の音が鳴り出した瞬間から、ただならない緊張感に充ち満ちて、ただただ引き込まれてしまう。
そんなジャンスを、見事にサポートするルセ+レ・タラン・リリク。ジャンスもそうだが、ルセ+レ・タラン・リリクにとっても、トラジェディ・リリクは、水を得た魚... といったところ。"ピリオド"ならではのキレと、シーンを描いていく繊細さ。強烈なコントラストで推進力を得るのとは違う、的確なサウンドが紡ぎ出すドラマは、悲劇女優の演技を雄弁に引き立たせて、圧巻。また、サポートのみならず、バレエ・シーンなどでは、存分に彼らの魅力をアピール。グルックの「疾風怒濤」を語るに欠かせない、『オルフェとユリディス』の劇的なバレエ(track.5)など、ジャンスのアリア集に、最高のスパイスを効かせている。
その一方で、刺激的なのが、ルセ+レ・タラン・リリクが、とうとう19世紀へと踏み込んでいくあたり... バスクのモーツァルト、アリアーガ(1806-26)のカンタータ、『エルミニ』(1823)からのアリア(track.15)... さらには、ベルリオーズ(!)、『トロイアの人々』(1858)からのアリアで響かせる、彼らの19世紀のサウンドは、まったく堂に入って、聴き劣りすることなく、ルセ+レ・タラン・リリクの、新たな可能性を見出す思いも。

それにしても、18世紀後半から、19世紀後半へ... よくぞ1枚にまとめ上げた!そして、まとめ上げられたからこそ、ベルリオーズに至る、トラジェディ・リリクの流れに頷かされ。アリアだけではなく、トラジェディ・リリク、そのものに、興味を抱かずにはいられなくなる。そして、その主役たる悲劇女優、ジャンスに魅了されずにはいられなくなる。前作からさらに研ぎ澄まされ、より荘重たる悲劇の世界に深く身を浸し、その影がより濃くなっているように感じてしまうほどの存在感。そこから、トラジェディ・リリクの悲劇性が放つスリリングさ、迫真のドラマに、ジャンスの「悲劇女優」としての魅力は、さらに輝くばかりで... まったく、この人ほど、苦悩するギリシア悲劇の王族たちが似合うソプラノはいないなと... そのルックスも、何やらギリシア悲劇、そのもののようにすら感じてしまったり...

Véronique Gens TRAGÉDIENNES 2
Christophe Rousset/Les Talens Lyriques


グルック : オペラ 『アルセスト』 より
サッキーニ : オペラ 『ダルダヌス』 より
ピッチンニ : オペラ 『ディドン』 より
グルック : オペラ 『オルフェとユリディス』 より
サッキーニ : オペラ 『コロンヌのエディプ』 より
グレトリ : オペラ 『アンドロマク』 より
ラモー : コメディ・バレ 『遍歴騎士』 より
サッキーニ : オペラ 『ルノー』 より
ケルビーニ : オペラ 『メデ』 より
アリアーガ : カンタータ 『エルミニ』 より
ベルリオーズ : オペラ 『トロイアの人々』 より

ヴェロニク・ジャンス(ソプラノ)
クリストフ・ルセ/レ・タラン・リリク

Virgin CLASSICS/216574 2




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