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鬼才、タルティーニの深淵へ... [2008]

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ジョゼッペ・タルティーニ(1692-1770)。
「悪魔のトリル」で知られる、18世紀のヴァイオリンの鬼才の人生は、なかなかおもしろい。ヴェネツィア共和国領、ピラーノ(現、スロヴェニア領、ピラン... )の旧家に生まれたタルティーニは、両親の意向で、フランチェスコ会の修道士になるよう育てられる。が、タルティーニ青年は僧院になど納まらない気性を見せ... 名門、パドヴァ大学(ヴェネツィア共和国のおぼっちゃまたちが進む... )で、法律を学びながら音楽の基礎を習得。さらには剣術の腕を磨き、随分と活発な青春を送る。が、活発が過ぎてしまったか、勢い余って18歳で学生結婚。ところが、相手が悪かった!有力なヴェネツィア貴族の愛人?だったようで、この結婚により、タルティーニは誘拐の嫌疑が掛けられ、窮地に陥る。が、アッシジの聖フランチェスコ修道院へ身を寄せ、難を逃れるものの、敢え無く両親が望んだ通りの人生を歩むことに... そして、籠った修道院でヴァイオリンと出会い、その技に磨きを掛け、29歳にしてパドヴァのサン・アントーニオ大聖堂の楽長に就任したというから凄い。以後、バロックの爛熟の中に在って、華麗なる音楽シーンとは距離を取り、鬼才として、ストイックに独自の音楽を貫き、名声を博す。
という、鬼才による音楽世界の深淵に下りて行こうという、実に興味深い試み... バロック・ヴァイオリンを代表するマエストラのひとり、キアラ・バンキーニが、古楽で活躍するソプラノ、パトリツィア・ボヴィと組み、タルティーニの無伴奏ヴァイオリン・ソナタを読み解く、異色のアルバム、"Sonate a violin solo | Aria del Tasso"(Zig-Zag Territoires/ZZT 080502)を聴く。

何となくなのだけれど、タルティーニのバロックには、古い印象がある。だから、バッハ(1685-50)らに彩られた盛期バロックよりも前の作曲家だとばかり思っていた。いやいやいや、ヴィヴァルディ(1678-1742)の14歳年下で、ヘンデル(1685-1759)の7歳年下... つまり、ヨーロッパ中がカストラートのスターたちに熱狂し、作曲家たちはオペラでの成功を求め、しのぎを削った、華麗なる時代を生きていたわけだ。が、タルティーニはそうしたオペラに強い抵抗感を持っていたらしい。そして、ペトラルカやタッソといったルネサンスの詩人や、同時代のメタスタージオによる古典をモチーフとした詩に、強い関心を寄せていたとのこと... フムフムフム、古い印象が腑に落ちる。しかし、タルティーニの過去への憧憬は、その当時、かなり特殊だったはず...
というあたりを掘り起こす、"Sonate a violin solo | Aria del Tasso(無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、タッソのアリア)"。タルティーニのソナタに織り込まれた詩を読み解き、その詩をボヴィが歌い、それを受けて、バンキーニによるソナタが続く... という、ある種のコール・アンド・レスポンスで構成される。で、タッソのアリアで始まるのだけれど、ボヴィがア・カペラで歌う作曲者不詳(詩がタッソ... )のアリアは、まるでトルバドゥールが歌うかのよう... それは、タッソが生きた時代の旋律なのだろうか?バロックの華麗さなど無縁で、地中海文化圏のフォークロワを思わせて、果たしてバロックの作曲家の作品と並べて良いものだろうか?というほどに、強い個性を放つ。だから、古い印象があるとはいえ、タルティーニのイメージで聴き始めると、大いに戸惑わされてしまう。しかし、タッソのアリアの旋律が、次に弾かれるソナタの3楽章(track.4)で、残像のように浮かび上がり、タルティーニがソナタの中に織り込んだ詩が実際に探り当てられると、現在(18世紀当時... )ではなく、過去に生きたタルティーニの音楽の真の姿が露わになるようハっとさせられる。また、過去との共鳴により、時空が歪むような感覚も味わうのか... これは、取り上げられる5つのソナタ、全てで起こり、ボヴィに導かれてバンキーニが奏でるソナタには、その都度、ヨーロッパの遠い昔が喚起され、またフォークロワにつながる力強いサウンドを響かせて、聴く者の心を大きく揺さぶる。素朴な声と、ストイックなヴァイオリンの対話は、想像以上に深い世界を響かせる。
そんな"Sonate a violin solo | Aria del Tasso"に挑んだ、ボヴィとバンキーニ... ちょっと普段のクラシックとは違うオーラを放っている。何と言うか、ムーサイの信女?声とヴァイオリンによる2人のやり取りを聴いていると、音楽の祖霊神でも招霊するかのよう。となると、バロックはもちろん、タルティーニであることすら薄れ... クラシックというより民俗学?ボヴィの歌い方は、フォークロワを思わせる素朴を極めつつ、太陽の匂いがして来そうな温かさを纏い、底知れぬパワーを感じ、そんな歌声に触れていると、魂の芯から癒されるよう。そんなボヴィのパワーを受けて、バンキーニのヴァイオリンも、フォークロワへと近付くような素朴さを奏で、辻音楽のような飾らなさが印象的。一方で、バンキーニなればこその芯のある美しい音色も聴かせ、見事。ボヴィの歌声も含め、無伴奏ならではの緊張感と、フォークロワの気分が生み出す自由さが綾なして、クラシックを超越する"Sonate a violin solo | Aria del Tasso"。いや、これは、生半可の音楽ではない...
さて、アルバムの最後、タルティーニによる歌(track.25)が、バンキーニの伴奏で歌われるのだけれど、ここで、とうとう2人のパフォーマンスが重ねられる。すると、驚くほど甘やかなハーモニーがこぼれ出し、それまでのストイックな空気が一気に緩む。18世紀的なメロディーを用いながらも、それまでの音楽を裏切らないアルカイックなトーンに彩られ、得も言えずヘブンリー!最後の最後で、こういう音楽を持って来るとは... 招霊された音楽の祖霊神が、天に帰って行くよう。

" target="_blank">TARTINI Sonate a violino solo | Aria del Tasso Chiara Banchini | Patrizia Bovi

作曲者不詳 : Lieto ti prendo e poi (Aria del Tasso) *
タルティーニ : ソナタ 第17番 ニ長調 *
作曲者不詳 : Depo Clorinda le sue spoglie inteste *
タルティーニ : ソナタ 第24番 ニ長調 *
タルティーニ : ソナタ 第13番 ロ短調 *
作曲者不詳 : Intanto Erminia fra l’ombrose piante *
タルティーニ : ソナタ(ブレイナード A3) イ短調 *
パオロ・ロリ : Solitario bosco ombroso *
タルティーニ : ソナタ 第2番 ロ短調 *
タルティーニ : Solitario bosco ombroso **

キアラ・バンキーニ(ヴァイオリン) *
パトリツィア・ボヴィ(ソプラノ) *

Zig-Zag Territoires/ZZT 080502




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