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かつて、オペラが「前衛」だった頃... [2008]

さて、時代をグンと遡りまして、オペラが誕生した頃へと向かいます。
1597年、フィレンツェの貴族、ヤコポ・コルシ(1561-1602)から引き継いで、ペーリ(1561-1633)が完成させた最初のオペラ、『ダフネ』は、フィレンツェのコルシ邸にて上演され、好評を博す。その3年後、1600年、ペーリとカッチーニ(ca.1545-1618)の音楽による、現存最古のオペラ、『エウリディーチェ』が、フランス国王、アンリ4世(1553-1610)と、トスカーナ大公女、マリア・デ・メディチ(1575-1642)の婚礼の出し物として、フィレンツェのピッティ宮にて上演される。これを契機に、オペラという、ギリシア悲劇の復興の試みにして、最新の舞台芸術が、宮廷を介してフィレンツェの外へと紹介されることに... そうして始まる、壮大なるオペラ史。けれど、その黎明期に関しては、なかなか見えて来ないのが現状。もちろん、マントヴァの楽長、モンテヴェルディのオペラは別だけれど... モンテヴェルディ以外のオペラは、どんなだったのだろう?
というあたりを掘り起こす、2タイトル... ヴァンサン・デュメストル率いる、ル・ポエム・アルモニークによる、ベッリのオペラ『悲嘆にくれるオルフェオ』を中心に、当時のフィレンツェにおける前衛の展開も追う"FIRENZE 1616"(Alpha/ALPHA 120)と、ジェイ・バーンフェルド率いる、フオコ・エ・チェネレによる、1608年、マントヴァで初演された、フィレンツェの作曲家、ガリアーノのオペラ『ダフネ』(ARION/ARN 68776)。オペラ黎明期を見つめる貴重な2タイトルを聴く。


フィレンツェの前衛の歩み。1616年、ベッリ、『悲嘆にくれるオルフェオ』へと至る道程...

Alpha120.jpg
1616年、フィレンツェで上演されたベッリのオペラ、『悲嘆にくれるオルフェオ』に至るまでの、フィレンツェの前衛の展開を、丁寧に取り上げる"FIRENZE 1616"。オペラ誕生前夜、そのオペラを生み出す切っ掛けとなったバルディ伯のカメラータ(幅広い芸術家らが集い、古代ギリシアの音楽を研究したサークル... )の発明である、モノディによる歌曲(track.1-3)に始まって、オペラが初めてインターナショナルな場で披露された1600年、実は、現存最古のオペラ、『エウリディーチェ』とともに上演されていた、もうひとつのオペラ、『チェファロの略奪』から、カッチーニらによる4曲(track.4-6)を取り上げた後、フィレンツェの前衛が行き着いた先としての、ベッリの『悲嘆にくれるオルフェオ』(track.8-30)を聴くのだけれど... 普段は漠然と捉えていた初期バロックのオペラを、年代を追って3段階で聴く興味深さ!そこから浮かび上がる、フィレンツェの前衛の刺激的な姿!
まず、ル・ポエム・アルモニークならではの密度の濃い音楽に息を呑む。オペラ誕生を決定付ける、音楽に感情を籠める、という、フィレンツェが導き出した新しい音楽の在り方(今となっては、至極、当たり前のことだけれども... )、その初々しくも真剣な態度に立ち返り、レチタール・カンタンド=語りながら歌って生まれるリアルな感情表現を、より深いところから汲み出すル・ポエム・アルモニークの歌手陣。完全なる伴奏(たるあたりが、ルネサンス・ポリフォニーを脱したことを象徴する!)に徹し、歌声に籠められた感情に寄り添い、その生々しさを強調する器楽陣の渋さ。安易な古雅な気分に流されず、ひたすらに語りながら歌わせ、それを濃密に音楽に仕立て切るデュメストルの見事な音楽性... そうして聴こえて来るのは、音楽に初めて「魂」が籠められた瞬間... ルネサンス・ポリフォニーではあり得なかった意志を持った旋律が息衝き出しゾクゾクさせられる。
さて、"FIRENZE 1616"というタイトルにある通り、最後にフィレンツェの1616年へと辿り着く... その年に上演された、ベッリのオペラ、『悲嘆にくれるオルフェオ』(track.8-30)。オルフェウスの物語の、ドラマティックなシーンが全て終わった後を描く、異色作。妻を永遠に失った悲しみのみを描くも、ただ悲しみの塊になるのではなく、悲しみが美しく滲み出し、やがて溶け、最後の合唱では、やさしさが溢れて(詩の方は諦めの内容だが... )、感動的!このやさしさは、ある種のカタルシスなのか、何だか癒されてしまう。一方で、「フィレンツェ、前衛芸術のなかの前衛芸術、その終焉としての1616年」と定義付けているデュメストルの、往時のフィレンツェへの思いも伝わって来るようで、何だかセンチメンタル。

FIRENZE 1616 Le Poème Harmonique - Vincent Dumestre

サラチーニ : わたしは死のう、ああ死ぬのだ
カッチーニ : わたしは一日じゅう泣き通す
カッチーニ : この大空とて、かくも星は輝かぬ
マルヴェッツィ : 第4シンフォニア 〔オペラ 『チェファロの略奪』 より〕
カッチーニ : 消え去りがたい情熱... 〔オペラ 『チェファロの略奪』 より〕
カッチーニ : 思い浮かぶは、やさしく優美な戦のよう 〔オペラ 『チェファロの略奪』 より〕
カッチーニ : 愛らしき笑みに宿る、はかない炎 〔オペラ 『チェファロの略奪』 より〕
ベッリ : オペラ 『悲嘆にくれるオルフェオ』

オルフェオ : アルノー・マルゾラティ
カリオペ : イザベル・ドリュエ
プルトーネ : フィリップ・ロシュ
優美さの擬人像1 : カトリーヌ・パドゥー
優美さの擬人像1 : カミーユ・プル
優美さの擬人像1 : オロール・ビュシェ
或る牧人 : ヤン・ファン・エルサッケル

ヴァンサン・デュメストル/ル・ポエム・アルモニーク

Alpha/ALPHA 120




フィレンツェの前衛の広がり。1608年、マルコ・ダ・ガリアーノ、『ダフネ』、マントヴァ初演...

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フィレンツェのオペラ制作に刺激を受けたマントヴァの宮廷は、1607年、楽長、モンテヴェルディによる、オペラ黎明期の傑作、『オルフェオ』を上演。翌、1608年には、やがてモンテヴェルディをマントヴァから追い出すことになる、次のマントヴァ公、フランチェスコ4世と、マルゲリータ・ダ・サヴォイアの婚礼があり、その祝祭の一環として、新たなオペラが制作されることになる。モンテヴェルディは、『アリアンナ』(「アリアンナの嘆き」で有名な... それしか残っていない、モンテヴェルディ、2作目のオペラ... )を作曲するのだけれど、マントヴァ公は、婚礼の前に、フィレンツェの若手作曲家、ガリアーノを招き、もうひとつのオペラ、『ダフネ』を制作させる。
ルネサンス末、当時のヨーロッパの前衛音楽の中心地、フィレンツェに生まれ、刺激的な芸術界のすぐ傍らで育ったマルコ・ダ・ガリアーノ(1582-1643)は、最初のオペラ、『ダフネ』を見ていたらしい。そして、そのリヌッチーニによる台本を用い、新たな『ダフネ』を作曲。新『ダフネ』は、旧『ダフネ』を作曲したペーリからも絶賛されたというから、今は失われてしまった、最初のオペラの面影を伝える部分もあるのかもしれない。そんな、ガリアーノの『ダフネ』は、マントヴァの楽長、モンテヴェルディのオペラに比べると、やわらかなドラマ性が印象的。ガリアーノによるレチタール・カンタンド=語りながら歌うは、より音楽的で、また繊細で、穏やかにして、豊かな表情を湛え、心地よく響く。詩に、淡く美しい彩色が施されているのがフィレンツェ流?雅やかなフィレンツェ・サウンドに、モンテヴェルディばかりでない初期バロックのオペラの広がりを見出し、大いに魅了されてしまう。
という、ガリアーノの『ダフネ』を、初演400年のメモリアルということで、美しく、瑞々しく蘇らせたバーンフェルド+フオコ・エ・チェネレ。彼らの演奏には、資料的な意味合いを超えた美しさがあり、たった7人のアンサンブル(バーンフェルドのヴィオラ・ダ・ガンバも含め... )で、驚くほど豊かな物語を描き上げてしまう。それがまた、細部まで美しく、小さなアンサンブルだからこその魅力というのか、ひとつひとつの楽器の響きが活きて、ガラス細工のような繊細さと透明感がたまらない。そして、ロランス(メッゾ・ソプラノ)といった、大ベテランも加わる歌手陣もすばらしく... 誰かが突出することなく、美しく丁寧に物語を描いて、楽器アンサンブルと息を合わせ、独特の一体感を紡ぎ出し、花の都、フィレンツェの優美さを響かせる。

La Dafne ・ Marco da Gagliano ・ Fuoco E Cenere & Jay Bernfeld

ガリアーノ : オペラ 『ダフネ』

ダフネ : シャンタル・サントン(ソプラノ)
アポロ : マテュー・アベッリ(テノール)
ヴェネレ : ギユメット・ロランス(メッゾ・ソプラノ)
アモル : ダフネ・トゥーシェ(ソプラノ)
ティルシ : ブノワ・ポルシェロ(テノール)
牧人 : マルク・マノドリッタ(テノール)
牧人 : フィリップ・ロシュ(バス)

ジェイ・バーンフェルド/フオコ・エ・チェネレ

ARION/ARN 68776




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