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紅海は割れ、古典派とロマン派が結ばれる... 時代を活写するフンメル。 [2007]

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ヨハン・ネポムク・フンメル(1778-1837)。
現在のスロヴァキアの首都、ブラティスラヴァ(当時は、ハプスブルク家支配下のハンガリー領、ポジョニー)の音楽家の家に生まれ、父がウィーンへと移ったことで、モーツァルトに師事する機会を得て... モーツァルトの弟子ということで知られるフンメル。モーツァルトのみならず、サリエリ、ハイドンにも師事。ウィーン古典派の錚々たる作曲家たちの伝統を受け継ぐフンメルという存在は、ウィーン古典派の集大成のようにも感じる。一方で、ヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして華やかに活躍し、後にゲーテが宰相を務めていた、ザクセン・ヴァイマル・アイゼナハ大公国の宮廷楽長に就任(1819)。輝かしい経歴を誇るわけだが、その音楽はいつのまにやら忘れ去られ... 19世紀、ロマン主義が音楽シーンを圧倒し、クラシックの核を担うビッグネームが席巻した時代、古典派色の強いフンメルの存在は、インパクトに欠けたのかもしれない。が、今は違う... 既存のクラシックがひっくり返されつつある中、忘れられてしまった存在こそ新鮮?で、じわりじわりと進むフンメル・ルネサンス。
ということで、興味深い作品を掘り起こすことに余念の無い、クラシック界切ってのマニアック?ヘルマン・マックスと、彼が率いる気鋭のコーラス、ライニッシェ・カントライ、その専属ピリオド・オーケストラ、ダス・クライネ・コンツェルトと、ジモーネ・ケルメス(ソプラノ)ら、ピリオドで活躍する手堅い歌手陣を揃えての、フンメルのオラトリオ『紅海の渡海』(cpo/777 220-2)を聴く。

モーツァルトの弟子で、メンデルスゾーンの師... 音楽史におけるフンメルのそうした位置を物語るようなオラトリオ『紅海の渡海』。その序曲、『ドン・ジョヴァンニ』の序曲を彷彿とする衝撃的な始まりから、メンデルスゾーン的なキャッチーなメロディが繰り広げられる中、『魔笛』の序曲のフレーズが聴こえてくる?そこにベートーヴェン的な力強さが加わって、何気に一粒で3つ美味しい... そんな感覚がおもしろい。で、本編が始まれば、メンデルスゾーンのオラトリオのような壮大さと、モーツァルトのアリアを思い起こさせる軽やかさがあって... 今、まさに音楽史の1ページがめくられようとしている瞬間なのだろう、その過渡期的な音楽が、かえって貴重に感じられ。また、過渡期だからと言ってクウォリティが落ちるわけでなく、モーツァルトからメンデルスゾーンへ、新旧を自在に行き来する感覚が音楽をより豊かなものにしてすらいる。そして、様々なイメージが詰まっている!
第1部、終盤(track.8)の、不穏な空気感の中には、ウェーバーの『魔弾の射手』と同じ臭いが立ち込めて、ロマン派ならではの情感の豊かさに聴き入り... いや、うっかりすると、ワーグナーの音すら聴こえる?瞬間もあって、おおっ?!となる。それでいて、さり気なくモーツァルトのオペラ(track.12では、『後宮からの誘拐』が聴こえてきたり... いや他にも... )や、ハイドンのオラトリオのカラーに引き戻され、古典派の華麗さで彩ることもやぶさかではないその音楽... 大胆に先を読みつつも、保守的であるフンメルの一筋縄ではいかない音楽に、19世紀初頭の新旧が混ざり合う刺激的な音楽シーンを垣間見るよう。押し出しの強い、いつものクラシックのビッグネームから外れることで、より時代はクリアに見えてくるのか?フンメルを聴いていると、古典派とロマン派を結び付けるピースをやっと見つけたような思いがしてくる。そんなフンメルは、実に興味深い...
それにしても、全体にテンションが高い!作曲(1800-10)されたのが、ちょうどナポレオンがポルトガルからロシアまでを引っ掻き回していた頃、ナポレオン戦争の真っ最中。となると、こういうテンションの高さが、時代の空気感だったのか?紅海を前にしたイスラエル人の危機感が、19世紀初頭のヨーロッパと重なる?それでいて、作品の長さが1時間弱と、いわゆる大作オラトリオ(CD、2枚分くらい?)とは違いギュっと濃縮され、息つく暇なく展開され。またそうした作品を、熱いパフォーマンスで盛り上げるマックスたち。古典派の端正さをきっちりと押さえつつ、ロマン派のダイナミックさ、ドラマティックさを鮮やかに繰り広げて、『出エジプト記』の劇画的なあたりを見事に響かせる!マックスが繰り出してくるアルバムというのは、どれも重箱の隅をつつくようなものばかり。このフンメルのオラトリオがまさにそうなのだけれど... このマニアックなマエストロの凄いところは、そうした未開拓領域を、迷うことなく、臆することなく、説得力を持って切り拓いてゆくところ。そうして生まれる、単なる珍曲紹介に終わることのない、聴き応え... 何より、こんなにもおもしろい曲があったの?!という驚き。フンメルのオラトリオ『紅海の渡海』でもまた、新鮮な体験をもたらしてくれた。

J. N. Hummel ・ Der Durchzug durchs Rote Meer ・ Max

フンメル : オラトリオ 『紅海の渡海』

ジモーネ・ケルメス(ソプラノ)
ヴェローニカ・ヴィンター(ソプラノ)
ハンス・イェルク・マメル(テノール)
エッケハルト・アベレ(バス)
ヴォルフ・マティアス・フリードリヒ(バス)
ライニッシェ・カントライ(コーラス)
ヘルマン・マックス/ダス・クライネ・コンツェルト

cpo/777 220-2




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