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愛と、ため息と、語りながら、歌い... [2006]

ふと思う... 「クラシック」とは何か?
実は"19世紀"の音楽を意味する言葉ではないだろうかと... 19世紀に生み出された作品(ロマン派など... )と、19世紀も演奏されていたその前の時代の作品(モーツァルトとか... )と、19世紀が掘り起こした作品(バッハとか... )。中世から現代に至る壮大な時代の流れを音楽で追うのがクラシックだろうけれど、実際には"19世紀"に捉われているように感じてしまう。しかし、今は21世紀... 音楽のすばらしさに変わりなくとも、クラシックと、今、それを聴く側の感覚は、どこかで齟齬が生まれているように感じる。そうしたあたりが、クラシックというジャンルをぼんやりとつまらなく見せている原因じゃないかな?なんて、ぽつりと考える。もっと、クラシックが自由になれたなら... 19世紀という古くなってしまった価値観ではなく、21世紀の新たな価値観で、クラシックを見つめることができたなら、クラシックはもっと楽しめるような気がするのだけれど...
ふとそんなことを考えたのは、クラシックというイメージができあがる前の音楽、初期バロックの何ともナチュラルで、ヴィヴィットなサウンドを聴いて。古いはずなのに、どこか新しい。クラシックという枠組みができあがる以前のニュートラルさが、21世紀的な感性にもまたフィットするのか。そんな初期バロックのアルバムを2枚。アントネッロによる"Amori & Sospiri"(SYMPHONIA/SY 04211)と、アッコルドーネによる"recitar cantando"(cypres/CYP 1645)を聴く。


アントネッロの自由な感覚が捉える、初期バロックの愛とため息と...

SY04211.jpg
クラシックのイメージって、どうしてこんなにも厳めしいものに変貌してしまったのだろう?と、素朴に感じてしまう、厳しくなる前のサウンド... そんな1枚、日本を代表する気鋭の古楽アンサンブル、アントネッロが、ソプラノの鈴木美登里をフィーチャーし、イタリアの初期バロックを取り上げるアルバム、"Amori & Sospiri(愛とため息)"。ちょっと悩ましげなタイトルが印象的なのだけれど、カッチーニの「泉に、野に」(track.3)や、ウッチェリーニのラ・ベルガマスカによるアリア(track.5)など、耳馴染みのいい、初期バロックのスタンダード・ナンバーがほどよく盛り込まれ、さらりとした仕上がり。その、キャッチーで、シンプルで、軽やかな音楽の数々は、クラシックの外にあるようで... アントネッロならではの自由な感覚、囚われない活き活きとしたアプローチが、初期バロックを鮮やかに蘇らせ、ところどころポップにすら響いて、理屈抜きに楽しい!
そこに、久々にアントネッロに帰って来た鈴木美登里(ソプラノ)のやさしくクリーミーな歌声が素敵で... 軽やかに爆ぜるアントネッロのサウンドを、ふんわりと包み溶かすような感覚が魅惑的。バルバラ・ストロッツィの「私の涙」(track.8)などは、悲しみだけでない、温かさとやさしさも感じられ、本当に美しい涙が流れる。ファルコニエーリの「ああ、なんて美しい髪」(track.11)では、そのやわらかな手触りまで感じてしまいそうであり、その歌声は、まさにため息... 静かにもじんわりとエモーショナルに歌い上げ、ルネサンスを脱し、より感情を音楽に乗せるようになった初期バロックの時代の雰囲気を描き出す。そこへ、アントネッロのディレクター、濱田芳通のコルネットが絡み、言い知れぬ切なさもこみ上げて、鮮やかにセンチメンタル...
そんなアントネッロによる初期バロックは、クラシックのイメージができあがる以前の、素朴でナチュラルで、理屈抜きに音楽を楽しむような気分が蘇るようで、より現代の感覚にフィットするのか。その軽やかさと、程好いセンチメンタルが、何気なくも心にすっと寄り添ってくる。アントネッロのメンバーは、いつもながら見事な妙技を繰り広げ、息を呑むような瞬間も度々ありながら、常にどこか親密で、他の古楽アンサンブルにはない気の置け無さが漂っていて、やっぱり、アントネッロは素敵。

Amori & Sospiri Anthonello dir. Yoshimichi Hamada

サンチェス : 「簒奪者にして暴君」
カッツァーティ : パッサカリア
カッチーニ : 「泉に、野に」
カプスベルガー : トッカータ 第1番
ウッチェッリーニ : ベルガマスクに基づくアリア 第5番
ダッラ・カーザ : 「たとえ別れのときにも」
ピッキ : パッサメッツォ
バルバラ・ストロッツィ : 「私の涙」
作曲者不詳(アントネッロ編) : スパニョレッタ
リッチョ : フラウティーノもしくはコルネットのためのカンツォーナ
ファルコニエーリ : 「ああ、比べようもないほど美しい髪」
フォンターナ : ソナタ 第1番
ピッチニーニ : シャコンヌ (主題と変奏)

アントネッロ
濱田芳通(ディレクター/コルネット/リコーダー)
鈴木美登里(ソプラノ)
石川かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
西山まりえ(チェンバロ/バロック・ハープ)
ラファエル・ボナヴィータ(バロック・ギター/テオルボ)
古橋潤一(リコーダー)

SYMPHONIA/SY 04211




ビーズリーが語りながら歌う、初期バロックのフレッシュさ!

CYP1645.jpg
初期バロックの傑作、モンテヴェルディの『タンクレーディとクロリンダの戦い』をメインに、ビーズリーが歌い、アッコルドーネが奏でるアルバム、"recitar cantando(語りながら、歌い... )"。ルネサンスのポリフォニーの世界から、大きく舵を切った初期バロックのモノディの世界の革新性に目を見開かされる1枚。とはいえ、その始まりはアントネッロ同様に、ふんわりとしたサウンドに、やさしげなメロディが乗って。ポリフォニーから解放された軽やかな音楽が、ただならず心地いい!それは、まるでそよ風に吹かれるような感覚。また、ビーズリーのナチュラルなテノールが、初期バロックのシンプルな音楽を捉えて、魅力的!
しかし、次第に陰影の濃いドラマを展開する初期バロックならではのトーンが強くなり... 後半、『タンクレーディとクロリンダの戦い』(track.9)で、圧巻の音楽ドラマが繰り広げられる。本来、クロリンデ役も登場(といっても、あまり歌わない... )して、戦場での戦いと思い掛けない恋というアンビヴァレントなシーンが描かれるわけだけれど、このアルバムではビーズリーが独りで歌い切り、その独り芝居的な緊張感が、よりドラマに求心力を生むのか。まさに、語りながら歌う... 語りながら歌って生まれる活き活きとした表情、情景は、ヘブンリーなルネサンスのポリフォニーにはあり得ない、生々しい人間像をくっきりと浮かび上がらせ、ただならずパワフル!そして、ビーズリーならではのナチュラルな歌声が、一節一節を色鮮やかに描き出し、語りの中にまた歌を見出すのか。すると、ストイックで、渋いイメージのある初期バロックのサウンドは、すっかり埃は払われて、かつての色彩を取り戻したかのようにヴィヴィット!それまでに無かった新しい音楽が展開されているという、初々しい輝きを、21世紀の今なお、感じられるようで、刺激的。そんな初期バロックの姿が、たまらなく爽快。
バッハ以前となれば、十把一絡げに古色蒼然としていて当たり前... そんなステレオタイプをあっさりと裏切るビーズリー。やっぱりこの人の音楽性というのは希有だ。そして、ビーズリーときっちり息を合わせるアッコルドーネの演奏。ビーズリーとアッコルドーネの阿吽の呼吸が、初期バロックの音楽に血を通わせ、聴く者に息を呑ませる。そうして生まれる、パリっとしたフレッシュさ。けしてヴェルディの時代では味わえない、モンテヴェルディの時代の劇的さ。なんと魅力的な!

recitar cantando | accordone | marco beasley | guido morini

ブザッティ : 「あなたは天使」
フォンターナ : 第16 ソナタ
モンテヴェルディ : オペラ 『オルフェオ』 から 第2幕 使者とオルフェオのシーン
フレスコバルディ : ロマネスカのアリア
フレスコバルディ : パッサカーリャによる100の変奏
カッチーニ : 「愛の神よ、おまえは何を期待するのか」
モンテヴェルディ : 恋の手紙
フォンターナ : 第8 ソナタ
モンテヴェルディ : 『タンクレーディとクロリンダの戦い』
カッチーニ : 「おまえを愛さずにおれようか、わが心の君」

アッコルドーネ
マルコ・ビーズリー(ヴォーカル)
グイド・モリーニ(ディレクター/オルガン/チェンバロ)
エンリコ・ガッティ(ヴァイオリン)
ロッセラ・クローチェ(ヴァイオリン)
スヴェトラーナ・フォミーナ(ヴァイオリン/ヴィオラ)
ガエターノ・ナシッロ(チェロ)
ステファーノ・ロッコ(バロック・ギター/アーチ・リュート)
フランコ・パヴァン(テオルボ)

cypres/CYP 1645




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