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王が踊るのをやめた後、 [2006]

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悲劇女優、ジャンスによる、フランス・オペラ史、第1章...
17世紀、イタリアで誕生したがオペラが、ヨーロッパへと広がり出す中、独自のスタイルを模索したフランスのオペラ。華やかなイタリアに対して、荘重さとリアリティを求めたフランス。そうして育まれた伝統、トラジェディ・リリク(音楽悲劇≒オペラ・セリア)からのアリア(エール)を集めて。リュリによる『アルミード』(1686)から、グルックによる『アルミード』(1777)まで、およそ100年にわたるフランス・オペラ史の第1章を、丁寧に綴る希有な1枚。ピリオドでの活躍が光るフランスのソプラノ、ヴェロニク・ジャンスと、フランスのピリオド・オーケストラ、クリストフ・ルセ率いるレ・タラン・リリクの演奏による"TRAGEDIENNES"(Virgin CLASSICS/346762 2)を聴く。
バロック・オペラ・ブームに乗って、単なるバロック・オペラ・アリア集が散乱する現状を見渡せば、まったく驚くべきアルバム!マニアックに音楽史を追求しつつ、アルミードで始まり、アルミードで終わるというエスプリも効かせ、何より、すばらしい歌と演奏!

1659年、カンベールの『イシの牧歌劇』で始まるフランス・オペラ史。その『イシの牧歌劇』の台本を書いたペランにより、現在に至るパリ・オペラ座の前身、王立音楽アカデミーも設立(1669)され、イタリアに遅れること半世紀以上、フランスにも、オペラというスタイルが芽生える。そんな黎明期に、フランス・バロックの立役者、リュリが登場し、芽は一気に成長。しかし、その裏には... ルイ14世のバレエ引退(1670)で、バレエからオペラへと乗り換える王の寵臣、リュリの狡猾さがあって。王の威光を笠に着て、カンベールが活躍していた王立音楽アカデミーを乗っ取り(1672)、オペラのストーリーに負けじと、ドロドロのドラマが展開(そのあたりは、ジェラール・コルビオ監督による映画『王は踊る』に描かれていて、興味深い... )。カンベールは、リュリに押し出されるようにロンドンへと渡り... その死には、リュリによる暗殺の噂まで囁かれ... そうしてリュリの最初のオペラ、『カドミュスとエルミオーヌ』がパリで初演(1673)。フランス・オペラの創成期が幕を開ける。
ここまでが、このアルバムの前史。そして、リュリによる『アルミード』から聴き始めるのだけれど... その荘重で、ドラマティックなあたりがただならない... まさにトラジェディ(悲劇的)で、リリク(抒情的)。そのストイックな響きは透明感を湛えて、息を呑む美しさがある。が、ただ美しいだけではない生々しさもあって。その生々しさが生む力強さがインパクトを生み、現代人の耳にも強く訴えかけてくる。で、興味深いのが、この「生々しさ」の、リュリ後の変容。リュリの剥き出しの「生々しさ」は、次第に音楽的な感性の内に取り込まれ、洗練され... そうした過程に名を連ねる作曲家たち、カンプラ、ラモー、モンドヴィル、ルクレール、ロワイエ... リュリとラモーばかりでない、フランス・オペラ史の第1章における興味深いラインナップ!そこから聴こえてくるバロックからロココへのグラデーション... その微妙なうつろいが印象的。そして、"TRAGEDIENNES"の最後を飾るのが、外国人、グルック...
1773年、オーストリアから嫁いだマリー・アントワネットに付き従い、フランスへとやって来た巨匠、グルック。当時、リュリ、ラモー以来の、トラジェディ・リリクの伝統の継承者として祭り上げられたわけだが、このアルバムで聴くグルックは、それまでのフランスの作曲家(リュリはイタリア出身だが... )とは、何かが違う。どこかクールなフランス人に対し、悲劇性が濃密で、それでいてよりダイレクト(リュリにも共通するような... )に感じるグルック。丁寧にフランス・オペラ史の第1章を綴るからこそ見えてくるグルックの外国人性。フランスの伝統の中に、外から持ち込まれた新しさが見え隠れし... それはドイツ発の"疾風怒濤"であり、ロマン主義の予兆ですらあって... 新しい時代は、すぐそこまでやって来ていたのだろう。伝統を受け継ぎながらもグルックは、かなり刺激的。
そのグルックだが、どうしても『オルフェオとエウリディーチェ』の、教科書的なイメージから逃れられないのが現状。しかし、グルックのフランス時代(1773-79)のオペラは、『オルフェオとエウリディーチェ』とはまったく違うところにある。それらがあまり伝えられていないことがもどかしい。イタリアで成功し、ウィーンで活躍し、パリを征服したグルックの到達点は、ヴェルディも驚くような濃密なドラマであり、伊達に「オペラ改革」を謳ってはいない。その真に劇的なドラマは、ステレオ・タイプなオペラに付き纏う、ある種の「ユルさ」とは無縁のもの。そうした一端を垣間見せる『オーリードのイフィジェニ』(track.20)と、『アルミード』(track.21)... その迫力たるや!
という悲劇を演じ切った、悲劇女優としてのジャンス。品位を以ってそれぞれのロールへ入り込み、生まれる迫真のドラマは、一瞬たりとも美しさを失わず、見事にその悲劇性に血を通わせていて。どこか辛気臭いイメージもあるトラジェディ・リリクが、これほどまでに瑞々しく、これほどまでに活きてくるとは... もちろん、ルセ+レ・タラン・リリクの存在も欠かせない。巧みにバレエ・シーンや、序曲を挿入して、次々に現れる情景をナチュラルにつないで。世代も異なる複数の作曲家の、様々なオペラのシーンを並べながら、まるでひとつの物語のように展開してしまう器用さ!ジャンスの見事なパフォーマンスの背景で、大きな役割を担っている。
ジャンス、ルセ+レ・タラン・リリクの高度なコラヴォレーションが放つ、トラジェディ・リリクにおける"悲劇"の美学、そのクールさ(ヴェルディや、プッチーニの演歌とはまったく違う場所にあるもの... )に、魅了されずにいられない。いや、恐るべき1枚...

Véronique Gens TRAGÉDIENNES
Christophe Rousset/Les Talens Lyriques


リュリ : オペラ 『アルミード』 から
   モノローグ "Enfin il est en ma puissance"
   序曲
   エール "Venez, venez, Haine implacable"
   パッサカーユ
カンプラ : オペラ・バレ 『ヴェニスの謝肉祭』 から エール "Mes yeux, fermez-vous à jamais"
ラモー : オペラ 『イポリトとアリシー』 から
   第3幕への前奏曲
   エール "Cruelle mère des amours"
   シャコンヌ
ラモー : オペラ 『カストルとポリュクス』 から
   エール "Tristes apprêts"
   シャコンヌ
ラモー : オペラ・バレ 『ポリムニの祭典』 から エール "Que ses regrets m'ont attendrie"
モンドンヴィル : パストラル 『イスベ』 から モノローグ "Désirs toujours détruits"
ルクレール : オペラ 『シラとグロキュス』 から
   序曲
   レシタティフ と シルセの祈り "Et toi, dont les embrasements... Noires divinités"
   悪魔たちの第1のエール
   エール "Brilliante fille de Latone"
ロワイエ : オペラ・バレ 『愛の力』 から エール "L'objet qui règne dans mon âme"
ロワイエ : バレ 『ザイード』 から エール "Dieu des amants fidèles"
グルック : オペラ 『オーリードのイフィジェニ』 から
   レシタティフ と エール "Dieux puissants que j'atteste... Jupiter, lance la foudre"
グルック : オペラ 『アルミード』 から モノローグ "Enfin, il est en ma puissance"

ヴェロニク・ジャンス(ソプラノ)
クリストフ・ルセ/レ・タラン・リリク

Virgin CLASSICS/346762 2




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